2009年11月12日

はじめての鎌倉

鎌倉へ

このところ、たまたま湘南・鎌倉づいていた。

たとえば、10月25日に入手した青の炎 (貴志祐介 / 2002年) と 駆込寺蔭始末 (隆慶一郎 / 1999年)。どちらも、私の好みからいうとムラがありすぎる作家なので、古本屋が閉店の投げ売りセールなどやっていなかったら読むことはなかった。

たとえば、連載当時に楽しんでいたが、まったく忘れていたが故に、春からのコンビニコミックによる再販をほとんど揃えてしまったテニス漫画 LOVE(石渡治)。

たとえば、電子書籍で携帯から読み始めた海街 diary (吉田秋生)

先月27日、嵐の雨音に誘われてみた夢の綺麗な海のことを考えるうちに、湘南の海を見て鎌倉観光をして帰ろうと考えたのは自然な話だろう。

北鎌倉

まだ青いもみじ

北鎌倉の駅に着いたのは、14時半だった。

目当ては古陶美術館というところが、 私らしく間が抜けている。観光でこの駅に降りる人のほとんどは、瑞鹿山円覚寺が目当てです。

この、まだ青いもみじの木も、円覚寺の山裾。

前日まで雨が降っていたので、雲の流れが速かった。両目で見ないと伝わらないので写真は撮らなかったが、円覚寺の杉の木・山裾から目を空に向けると、杉の高さ、山の高さだけ空が遠くに見える。近所では見られない景色だ。

古陶美術館・看板古陶美術館・門飾り古陶美術館・門番

古陶美術館の門前に、地元の友人を呼び出して待つ。

昭和の初期にモダンと呼ばれたような、黒い壁の上に脆そうなガラスの窓。丸く手入れされた庭の木。門番は梅。梅の根元にある石は、中庭の日本庭園からもってきたのか、水に穿たれた跡が幾筋かあった。

門を背に、横須賀線の向こうを見れば、海に向けて低くなる土地に、山頂を見下ろせる形で山が連なる。

歳時記で 見た日に遭う鳶 間近から 腹を見せては ついと立ち去る

美術館を背に友人と鎌倉市に向かって歩いたとき、八瀬の山道を思い出した。

土日は観光客でいっぱいだと聞き、民芸風に仕立てた喫茶店の並びを見ながら考えた。また平日、こんどは東慶寺から先に観て、美術館に来よう。

鎌倉街道・中道

鎌倉に向かって、街道を歩く。

往時は知らず、今は高校生がぽつぽつと連れ立って歩くのみ。車の往還も切れ目はないが、のんびりとしている。

観光客向けの煎餅屋 (うっかり旅の気分になってぼったくられた)、アイスクリームの店が一軒ずつと蕎麦屋があるほかは、店としては寂れた雑貨屋・兼文房具屋・兼駄菓子屋しかない。

妙に清潔な雰囲気で歩き煙草もできず、ひたすらに歩く。

モニュメントに目を奪われてその名前を見れば作った人を偲ぶ石碑がその前に

何度か観光バスが停まっている大きな寺の横を過ぎるうちに、大きなモニュメントに当たった。

巨福呂坂洞門、落石を避ける施設だという。

これを過ぎた頃から、両脇から階段を登って訪れるような、きちんとした佇まいの、だがやはり今は物好きな観光客しかこないような寺がちらほらと。

京都でいえば、一乗寺あたり。夕方も五時を過ぎれば参拝客を断り、寺というよりも庭を見せる小商いになっているところがまったく同じ。

齢も四十を越えれば、鎌倉を歩いていながら照応する別の街との共通点が響く。いまを歩いていながらきちんと寺だった頃の善男善女で賑わう姿が浮かぶ。

神奈川県立近代美術館

唱歌で有名な隠れ銀杏、で有名な鶴岡八幡宮の横を迂回して通る。

鶴岡八幡に照応するのは、京都御所。写真は神奈川県立近代美術館の庭。

ブーローニュの森あたりに、こんな土の緩い庭を擁した美術館がやはりあった。 社会科見学というと連れていく教師はもちろん中の絵画・彫刻を見せたいわけだが、建物や庭の佇まいのほうが気になって独り列を離れる、そんな子供だった。

近代美術館というと睡蓮の浮かんだ庭とテラスを造りたがるのは、建築家の怠慢かもしれないが、悪いものではない。

過ぎれば、すぐに鎌倉の市街。

小町通り

鉄の井 (くろがねのい) のある角から前と左に賑やかな道があるが、前にまっすぐに歩けばすぐに賑やかな通りになる。人力車が客待ちをしているのが目印だ。

古本屋があるのが良い。

食べ物屋は、山の中の観光地のように蕎麦屋が目立つ。

女学生をターゲットにしたような工芸品、占いの店が点在するエリアから、段々に寺の参道の裏側として賑わっていた名残りの業種が目立ってくる。

良い香の匂いがする、格式の高そうな店を冷やかしたら、中は銀座・日本香堂 の練り香ばかりであった。

いや、鎌倉が本店だったのか と店構えに騙されて、帰ってから調べたのだが。

抹茶餡蜜

ふたたび合流した地元の友人に、観光ずれしていない甘味処を案内してもらう。

写真は抹茶あんみつ。600円はしない。

一番の人気商品は汁粉だそうだ。湿気ていて多少汗ばむ感じだったので注文しなかったが。

水で口の中の甘味を流して済むほどストイックでもないので、無理を言ってもう一軒付き合ってもらった。

ブレンドコーヒー

小町通りを見ながら、もっとも入りたかった店。木と煉瓦としっくいの店。生の画が何枚も飾ってあり、独りで入ったならば新聞も楽しめる、店の趣味を出した本棚もある。

写真を撮って気づいた。 は日本の喫茶店の歴史が描かれた本で、同じカップの写真を見たことがある有名店、老舗だ。

とはいえ、万人にお勧めできない。私は、こういう日常に飲むための、成分は濃いが澄んだ味を出したのが好みなのだけれどね。青山・大坊やイノダコーヒーを至上とする人のほうが世の中に多いのは事実。

600円だったかな。メニューにあったエスプレッソが、たぶん味の濃いコーヒーの好きな人向け。

丸七アーケード

牛乳の自販機

ひとりになってから街を歩いて、寂れた感じのアーケードをみつけた。写真はいかにも古い雰囲気を漂わせながら現役で清潔な牛乳の自販機。

二軒の飲み屋を発見。ひとつは立ち飲みでちと単価が高い。入り口の近くにある、昼の定食を売り物にした、名のない居酒屋を覗くと、刺身が一律600円というのを見て 海の近くの店で生魚が食べたかったのだ と思い出す。

もちろん、名前がないわけはないだろう。ただ看板に目立って書いていないだけだ。

居酒屋の内装 / 1居酒屋の内装 2

煙草の煙でいぶされ、ベニアがさらに黄ばんだ内装、漫画が並び、スポーツ新聞がある。カウンターだけ、独りで切り回している店。

初老の常連客と話している女将さんの邪魔をしないように、なにも考えずに日本酒を頼んだ。二合とっくりになみなみといれてくれた。

このアーケードは戦後の闇市が元で昭和26年から変わっておらず、鎌倉駅ホームからみると色の不揃いなトタンでツギハギの屋根が見えるという。だが寂れて見えるのは18時過ぎだからで、空き店舗はひとつしかなく、昼間は人で賑わっているという。

二代目の女将さんは、私より少し年上だろうか。食べているうちに、顔がそっくりな娘さんが彼氏連れできて、しゃべりながら食べていた。海軍基地が近いのを思い出させるセンスの、鈍い緑のジャンパーを着ていた。

真アジ

鯵刺しを頼むと、目の前で丸一尾を捌いてくれた。身が締まっていて美味い。

この辺りの漁港は、隔週で水曜日、前日が休みだと聞いた。

よく聞けば、魚市場は鎌倉市内にはないそうだ。

鮪だけは三崎漁港から毎日ブロックで運んでもらっているから、とくに廉く出しているという。 とても惹かれたが、近頃の私の身体でこの上に鮪まで食べたら、あぶらで胃がもたれそうだったので見送り。

日本酒は700円。夜の酒は17時開始、ラストオーダー20時半

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