2010年6月14日

エドワードの決断、ハイタカの修行

おととい土曜日、月刊:少年ガンガン の七月号を買った。危なかった。前日に発売されて、普段20冊ほどが平積みで置いてある書店で残り二冊。当たり前だ。人気長編鋼の錬金術師 最終話の掲載なのだから。値段も、普段より一割高かった。(そのぶん付録が豪華なのだろう。見ていないが)

売れ行きの予想される号に合わせて、他の話も今号は見どころ満載だった。喋らせればいくらでも喋れる気がする。喋らないけれど。どこのシーンが見処だ、おもしろい なんて話は、他のシーンと比べて「うえ・した」の話は、「うえ・した」の比較対象、バックボーンを共有する相手だけに語れば良い。

で、ハガレンの結末。もろにネタバレだが、その更に先があるから良いだろう。

エドワードは、錬金術を捨て去ることですべてを取り戻すことができた。

そういえば、アルフォンスは錬金術を捨ててもいないのに、なぜ…… おっと、真のネタばれをしてしまうところだった。自粛自粛。

思い出すのが、ゲド戦記 だ。魔法使いは魔法を習わない。魔法を自制すること、できれば使わないことを学ぶ。

無自覚に魔法を使っていると、さまざまな事件を起こす。うっかりと大きな勝ちを収めてしまって、反動で人を損ない、影に飲み込まれる。自覚して魔法を使わないように訓練することではじめて、魔法の本当の使い方。ものごとをうまく調和させておさめることができる。

と、ゲド戦記に書いてあったはずだ。

魔法とは人の弱点を見抜きつつく力で、見抜けるのだからつつかずに、波風を立てずに処理することができるようになるんだよ、と。近年までネットの各種コミュニティで事件ばかり引き起こしていた イニシャルY の通り名で知られていた男がこっそり呟いたかどうか。それは秘密の話。

2 コメント:

mihoo-n さんのコメント...

おじゃまします。

なるほど。
なら私は"魔法使い"かも知れません。
波風立てるのが苦手でホントにその人のコトを思うなら言ってあげた方がイイことも言えません。当たり障りの無いことを言ってしのいでる。
それか、冷たいだけなのかも…

優し人は例え波風が立って自分が傷つき嫌われても言ってあげるはずだから。
"Y"はきっと優しいのだと思います。

Unknown さんのコメント...

mihoo-n さん、いらっしゃい。

傷つき嫌われるてもかまわない、と自覚して動けるならば、きっとすでに「自覚した」あとの魔法使いですね。

Y はそれほど立派な立ち回りはしていなかったそうです。何も考えていなかっただけ。

今はきちんと、傷つけるとき・自分が悪役になるときに意識しているのでしょうか。
たとえ意識していたことがあっても「いつ消えるかわからない儚い能力」ということを忘れて、人にエラソーな説教たれているかもしれません。いまこの瞬間にも

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