承前
探し物があって、散らかった部屋をさらにひっくり返しているうちに、XX君は神話が嫌い
てフレーズが頭を離れなくなった。
じっさいは XX君
ではなく私の名前 なかがわ君
だし、べつに本名を隠したこともないのだが。題名に書くのもなんだか目立ちすぎな気がする。かといって 私は神話がきらいだ
と一人称で正面から切り込むのでなく、少し醒めた感じに気がついちゃったというニュアンスなので、これもまた致し方ない。
読みかけの本より
昨日から読み始めている 現代霊性論
という本がきっかけだ。
春の震災のあとの twitter で内田樹氏の名前に馴染んでいなかったら、書店でアヤシゲな新宗教のコーナーに並んでいたこの本 を手に取ることはなかっただろう。宗教や都市伝説の対象について、実体として存在の有無を措き、人の心を左右する噂・力学として把握し認識した対談は読み応えのある本だ。
三章 : シャーマン、霊能者、カウンセラー ーー民慣宗教者のお仕事
より、ある歯医者について内田氏の語ったはなし。
そこに行ってすぐに、m
この人は名医だって思いました。それまで、どんな歯医者に行っても、まず僕を叱るんです。
ブラッシングが足りない、食生活が悪い(略)要するに
歯を悪くする邪悪な霊みたいなものを想定して、僕がその無辜なる被害者で、E阪先生と二人で悪と闘うっていう、そういう物語に巻き込んでしまうんです。p.77 より
先日からあちこちで 日本のスピ文化は嫌いだ
と言っている。
また、親しくしたつもりの友人の何人かに、唐突に見放され、敵視されることが近年続いている。
そこに結びついて腑に落ちた気がした。
もちろん私は民俗学・昔話・神話が好きだ。人の心がどう動いてしまうものかと、教訓を得るつもりもあって読んでいるし、純粋に楽しい。
ユングの有名な台詞に 人はみな、自分の人生の物語/神話を見つけていくものだ
というものがあり、私もそうだろうと思う。
だが、悪役を探す手伝いができないのだよね。
悪役を押し付けるのは嫌いだ。
娘に世界史のはなしをしていて、ナチス・ドイツはなぜ高い得票率を得たか、それは良くないかという説明をした。あいつらユダヤ人が悪い、あいつらさえいなくなれば国は良くなる
として、少数派 = ユダヤ人以外の票を集めたのだと。
外部に敵を作り、そこに悪を投影するのをカルトという。
私は人の心を安らがせる物語はつくれない。
その苦しみのもとも、自分のなかにあって受け入れるものだ、という言い方をする。
そして相手によっては苦しみの素、悪
の化身として弾劾されるわけだ。そのほうがマシ。
外に仮想敵をおいて 自分は味方だ
と言い募るくらいなら、悪役を引き受けるほうがまだ、その善悪の神話においては納得がいく。
善悪二元の神話は嫌いだ。そう考えがちな、克服すべき対象
として興味深いが、自分にも許さない。ひとにも認めない。
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