2012年3月9日

余生の自覚

ほんの六時間ばかり前、実生活の調子を崩していたはなし、その五日目に妙な夢をみてからことさら酷い日が二日続いたって話を書いた。

(逆じゃない。夢が原因で気病みになったわけではない。なんとも変調のさなか、ピーク寸前の症状として夢をみたが、夢にみたからといって簡単に消化できるわけもなく。対処すべき問題はやはり面倒だったという話と思ってる)

日記の記事にあげてから一夜明け、この一週の不調を振り返り気づいた。
余生の自覚が足りなかったな、と

一月の新月の夜、京都であれこれ考えて出した結論は、余生の自覚だ。

そのタイミングでやってきた仕事に応募し、いま勤務っぽいことをしてるのも。功名心を捨て、余生の自覚でお手伝いさせてもらおうと思えたからのはず。

最近、少し浮かれて、間違った気合い入れたのが敗因やな。
仕事の成果の可否以前に、自分の心に勤怠経由でストップかけられちまったよ
「それでは、二、三十代と同じだろ」と

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