2010年7月8日

fetchMixi (Message)

リハビリをかねて、mixi で送受信したメール (メッセージ) をローカルのMaildir に保存するスクリプトを書いてみました。

Web::Scraper おもしろい。私が Perl から離れ始めたころにできたモジュールなので知りませんでした。

一年近く前、同様のことをより低レベルのライブラリ HTML::TreeBuilder からスクラッチで書き起こしたら、オブジェクトがスコープを離れて解放されているのに、循環構造ゆえにメモリが開放されずに (いわゆる メモリリーク ) 難儀してほうったらかしなのできわめて興味深いです。解析する時間、取れるかな。

  1. ページ取得エラー時のリトライ
  2. ライブラリの名前と置くパスがええ加減
  3. メールアドレス・パスワードを設定ファイルから読み込む
#!/usr/bin/env perl
#
#        $Id: fetchMixi,v 1.3 2010/07/07 10:08:11 yaemon Exp $
#
use strict;
use warnings;
use FileHandle;
use WWW::Mixi::Scraper;
use lib( "/home/yaemon/lib/perl" ); use MixiToRFC2822 qw(message uniqueName);
sub checkMaildir(); sub getMessage( $$ );
my $mixi = WWW::Mixi::Scraper->new( 'email' => 'MyAddress' , 'password' => 'MyPassword' , );
my $maildir = $ENV{ 'HOME' } . "/Maildir/mixi/"; checkMaildir(); getMessage( $mixi , "inbox"); getMessage( $mixi , "outbox" );

sub checkMaildir() { if ( ! -d $maildir ) { mkdir( $maildir ) or die "Can't mkdir $maildir:$!"; } if ( ! -d "$maildir/new" ) { mkdir( "$maildir/new" ) or die "Can't mkdir $maildir/new:$!"; mkdir( "$maildir/cur" ) or die "Can't mkdir $maildir/cur:$!"; mkdir( "$maildir/tmp" ) or die "Can't mkdir $maildir/tmp:$!"; } }
sub getMessage( $$ ) { my $account = shift; my $box = shift;
my $page = 1;
while ( 1 ) { my @mailInPage = $account->parse( "/list_message.pl?page=$page&box=$box" ); if ( @mailInPage < 1 ) { return; } printf STDERR "%s : $box: Page:%03d fetch\n" , my $datestr = localtime() , $page ; $page++; foreach my $mbox ( @mailInPage ) { foreach my $message ( $account->parse( $mbox->{ 'link' } ) ) { my $rfc2822 = MixiToRFC2822->new( $message , $box );
if ( -f "$maildir/new/" . $rfc2822->uniqueName() || glob( "$maildir/cur/" . $rfc2822->uniqueName() . ":*" ) ) { return; } my $out = new FileHandle( "> $maildir/new/" . $rfc2822->uniqueName() ); if ( ! defined( $out )) { die "Can't open messagefile:$!"; } $out->print( $rfc2822->message() ); } } } }
#!/usr/bin/env perl
#
#    $Id: MixiToRFC2822.pm,v 1.3 2010/07/07 10:08:29 yaemon Exp $
#
package MixiToRFC2822;
use strict;
use warnings;
use Carp;
use Exporter;
use Mail::Internet;
use Mail::Header;
use Encode qw/encode/;
use DateTime;
use vars qw( $VERSION @ISA @EXPORT_OK );
sub message($); sub date( $ ); sub uniqueName($); sub messageFrom($);
our $VERSION = "0.01"; @ISA = qw( Exporter); @EXPORT_OK = qw( uniqueName message );
sub new($$$) { my $self = bless {} , shift; $self->{ '_message' } = shift; $self->{ '_kind' } = shift;
return $self; }
sub message($) { my $self = shift; return $self->{ '_mailFormat' }->as_string() if exists $self->{ '_mailFormat' }; my $myAddr = "( MyName ) <MyIDNo.\@mixi.jp>"; my $otherAddr = sprintf( "( %s )<%d\@mixi.jp> " , encode( 'MIME-Header' , $self->{ '_message'}->{ 'name' } ) , $self->messageFrom() ); my $header = Mail::Header->new(); $header->header_hashref( { 'Subject' => encode( 'MIME_Header' , $self->{ '_message'}->{'subject'} ), 'Subject' => encode( 'MIME_Header' , $self->{ '_message'}->{'subject'} ), 'MIME-version' => "1.0" , "Message-Id" => sprintf( "<%s\@mixi.jp>" , $self->uniqueName() ), 'Content-Type' => 'text/plain; charset=utf-8' , 'Date' => $self->date->strftime( "%a, %d %b %Y %H:%M:%S %z") , } );
if ( $self->{ '_kind'} eq "inbox" ) { $header->add( 'From' , $otherAddr ); $header->add( 'To' , $myAddr ); } elsif ( $self->{ '_kind'} eq "outbox" ) { $header->add( 'To' , $otherAddr ); $header->add( 'From' , $myAddr ); } else { die "Not implementd messagebox:$self->{'_kind'}"; }
my $body = encode( 'utf-8' , $self->{ '_message' }->{ 'description'} ); $body =~ s/&#(\d+);/pack("W" , $1)/meg;
$self->{ '_mailFormat' } = Mail::Internet->new( 'Body' => [ map { "$_\r\n"; } split( "<br />" , $body ) ], 'Header' => $header, );
return $self->{ '_mailFormat' }->as_string(); }

sub uniqueName($) { my $self = shift; return $self->{ '_uniqueName' } if exists $self->{ '_uniqueName' } ; $self->{ '_uniqueName' } = sprintf( "%d.%s.%s" , $self->date()->epoch() , $self->messageFrom() , "mixi.MixiToRFC822" );
return $self->{ '_uniqueName' }; }
sub messageFrom($) { my $self = shift; return $self->{ '_from' } if exists $self->{ '_from' }; my $tmp = $self->{ '_message' }->{ 'link' }->as_string(); $tmp =~ /id=([0-9]+)/; $self->{ '_from' } = $1; return $self->{ '_from' }; }
sub date( $ ) { my $self = shift;
return $self->{ '_date'} if exists $self->{ '_date' };
my @date = split( /[\- :]/ , $self->{ '_message' }->{ 'time' } ); # 厳密ではないが充分
$self->{ '_date' } = DateTime->new( "year" => $date[0] , "month" => $date[1] , "day" => $date[2] , "hour" => $date[3] , "minute" => $date[4] , "second" => 1 , time_zone => 'Asia/Tokyo' , );
$self->{ '_date' }; }

1;

2010年7月5日

うらないの教室、麻雀の教室 (Calture Scool , Skill , Professional )

麻雀

麻雀のカルチャースクールに行ったことはない。

楽しそうだからやってみたいという人が集まる。何人かの真摯なプロ (レッスンプロと競技プロの両方 ) を別にすれば、先生、私賭けてやってみたいんですと問われたらこう答えるだろうえー、仕方ないですねぇ。やりましょうか (ウッシッシ)

世の中には、麻雀教室・麻雀大会で楽しくみんなでやりましょうと謳って、その実賭け麻雀いっしょにしようよ。でもいくら負けそうか見当はつくけれど教えないよという主催者が多い。

いっとき信頼できる仲間と抗議活動に燃えたり、対抗して本当に賭けごとはしないという大会を企画したりしていた。

いや、賞金は出しました。スタッフの人件費がないので、場所代を引いた残りで廉価でも充分に楽しめる賞金の額になります

うらない

うらないのカルチャースクールに、茶話会のつもりで顔を出したことがある。

なぜ占い師になりたいという人が多いのかと思っていた。麻雀のプロと違い妙に敷居が低い。

あれはいっしょに麻雀打とうと同じでコミュニケーションとして知らない人と占いで出会いたいということか。

はっきりいって、そんな気持ちで占い師になった相手に相談するほうが災難だ。

うらない -その2-

なぜ、麻雀のカルチャースクールはあなたも麻雀のプロになれますと謳わないのに、うらないのカルチャースクールはあなたもうらないのプロになれますと謳うのか。

そんなうらないの講師に限って、うらないは人助け、カウンセリングです。カウンセリングから技法を学びましょうという。

カウンセリングの学校は、カウンセリングの技法をあなたの日頃の生活・人間関係に役立てます、と謳う。プロへの道は上級コースであり、厳しい道なのをきちんと区別している。

カウンセリングが資格として認定されたのは、つい最近だ。それ以前からのハナシ。

技能と職業

別件だが。

プログラムが書けるようになりたいからSEになりたい、自分の運勢を知りたいから占い師になりたい、という人も多い。

野球がうまくなりたいからプロ野球選手になりたい、という人はいない。

女にモテたいからホストになる…… いる。

麻雀が強くなりたいからプロになりたい、人付き合いが下手だから水商売をしたい…… それ若かりし日の私。

おかげで、水商売が長いと人付き合いがうまくなるのではなく、人付き合いがうまい人だけが淘汰され残るのだと思い知らされた。

また、本人たちは当然の技能と思っているから 長くやっていれば、誰でもできるようになるよ という。本心からの言葉なので、騙される人はあとを断たない。

2010年6月23日

環境オタク

開発の現場に戻ると、私が手を動かそうとしない時間は、人より多く見えるのを改めて実感する。

C 言語でこの業界に入ったときから プログラムを書かないプログラマを目指す と言いつづけているしね。

どこまでをプログラムにやらせ、どこを人間が行うのか、問題の解決に向けた最短時間をいつも計っている。考えている。だから手を動かし始めるまでが遅い。動かしてからも、よく手を止め、喫煙所に向かう。

他の人の仕事内容をつかむためにも、喫煙所をよく訪れるが。

それでも、うっかり時間を割きすぎてしまう箇所は私にもある。

環境設定だ。自分の武器は unix/shell を良く知っていて、便利なツール・設定を状況に応じて繰り出す小技だと思っている。状況分析 6割、応じた開発手法の編み出し・使用するライブラリ/モジュールの導入 3割、開発 1割。

だからこそ、自宅環境は便利な設定でいっぱい。最新のツール(やライブラリ) を常に揃えようとする。最新をとりあえず入れていると、時間がとられることは多い。

などと、過去 15年の 自分がこだわってしまう、非効率になりがちな場所 を今朝反省していた。つまり踏みとどまることができた。

単に、外部から自分のデスクトップに ssh する方法 を設定していて、このマシンでは公開鍵/秘密鍵の設定をまだしておらず、パスワードアクセスになると気づいただけだ。

一日、二日で推測されるようなパスワードじゃあるまいし、その設定は後日にしておけとね。

最近まで、この手の環境の不備に気づくと、うっかり徹夜してでも仕上げていた。今回、一週間。朝の出勤前での作業を心がけていて、やっと自分の環境オタクに気づけた。

2010年6月19日

復職しました

一部の方々にはご報告していますが、改めて。今週から復職しました。

この言い方だと誤解を招くこともあるみたい。前と同じコンピュータ業界、開発の現場で仲間とともに働く、という選択を実現することができました。今まで付き合いのなかった、職場であり、仲間たちです。

面接から会話の流れが特殊。昨晩、私を含めた三人の歓迎会が名目の宴席の会話も特殊。無難に人と同じことをしようとする のはあきらめ、やめたので仕方がないのだけれど、やっぱり誰かに こんなことがあったんだけれど、どう思う ? と、翌日・翌々日は言いたくなります。

面接のときは、言って喜んでくれそうな相手がいなかったので独りで考えていると、色々の発見がありました。だから酒席の会話も、きっと誰かに話して流さずに受け止めたら、なにか発見があるのでしょう。

ネタにするのは簡単。でも、ネタにしないほうがもっと価値が上がる。

2010年6月14日

エドワードの決断、ハイタカの修行

おととい土曜日、月刊:少年ガンガン の七月号を買った。危なかった。前日に発売されて、普段20冊ほどが平積みで置いてある書店で残り二冊。当たり前だ。人気長編鋼の錬金術師 最終話の掲載なのだから。値段も、普段より一割高かった。(そのぶん付録が豪華なのだろう。見ていないが)

売れ行きの予想される号に合わせて、他の話も今号は見どころ満載だった。喋らせればいくらでも喋れる気がする。喋らないけれど。どこのシーンが見処だ、おもしろい なんて話は、他のシーンと比べて「うえ・した」の話は、「うえ・した」の比較対象、バックボーンを共有する相手だけに語れば良い。

で、ハガレンの結末。もろにネタバレだが、その更に先があるから良いだろう。

エドワードは、錬金術を捨て去ることですべてを取り戻すことができた。

そういえば、アルフォンスは錬金術を捨ててもいないのに、なぜ…… おっと、真のネタばれをしてしまうところだった。自粛自粛。

思い出すのが、ゲド戦記 だ。魔法使いは魔法を習わない。魔法を自制すること、できれば使わないことを学ぶ。

無自覚に魔法を使っていると、さまざまな事件を起こす。うっかりと大きな勝ちを収めてしまって、反動で人を損ない、影に飲み込まれる。自覚して魔法を使わないように訓練することではじめて、魔法の本当の使い方。ものごとをうまく調和させておさめることができる。

と、ゲド戦記に書いてあったはずだ。

魔法とは人の弱点を見抜きつつく力で、見抜けるのだからつつかずに、波風を立てずに処理することができるようになるんだよ、と。近年までネットの各種コミュニティで事件ばかり引き起こしていた イニシャルY の通り名で知られていた男がこっそり呟いたかどうか。それは秘密の話。

2010年6月7日

Local tweet

何人かの人が twitter で思考を垂れ流しにしているのを見ると心配になる という。

ある人は 人前で言うべきでないこともあるだろう , 別の人は なんだか一人の頭脳じゃないみたい , また 自分が実名で、公に発言する人間なのを忘れているだろう。立場を忘れるなよ と。

去年一年、twitter ではない mini blog で遊んだせいで。私もそれぞれ同感のコメントを、口頭で、あるいは文章で寄せている。自分は引きずれられる体質・性格だからやめておくと、前に書いたこともあった

最後の何年かの悪名が高かった私の前の日記も、文章は長いが tweet のようなものだった。技術のネタ以外は。一度は通過するのかもしれない。まだそんなシステムができていなかったころは公にならなかっただけだろう。それこそが、まさに 中二病

公にすると差し障りがあると自分で気づいてから、ちかごろは自分のパソコンに向かって、またときに紙のノートに tweet している。まさにエセイ。パンセ てもともとそんな本だったよね。死後に発表されたノートだったよな。

今日は二日酔い。午後に飲んだ酒が、眠っていると頭に回ってきて、アテもなく結論も定めずにぶらぶらと書き連ねるのを解禁して、この文章を書いた。書き溜めた断片でもお蔵出ししてまとめてみようかと始めたが、いいや。新しく考えながら文を連ねるほうが楽しい。

人が思考を途中で放棄して、文章に垂れ流す。別の人が反応する。考えの形も知識もそれぞれ違うから、ある程度は楽しい。一人では生み出せないような考えも生まれる。

でもね。発言者の個性がだんだんに見えてくると、それぞれ別の人格、別の生活が、頭の中で勝手に動き出し、読んでいるうちにいろんなものが視えてしまうんだよ。

自他の区別がつかない状態は楽しい。自他の区別がまったくつかないのは、哀しい。

2010年6月3日

打ち明け話

本人の許可を取って、近頃できた若い友人との話から考えさせられたもろもろのこと。

6月1日、夜

心理学・臨床を目指している友人だ。卒論のために聞き取りの資料を蒐めるという。切り口は 自然性の欠如 という。

単語を読んだ覚えがかろうじてある程度、じねん と読むことすら知らなかったので詳しく説明を頼んだ。

普通の人が引っかからないことを考えてしまって、生活をすることができない方がいらっしゃるのです。

たとえば 自分の生きる意味は何か , この世界はいつまで続くのか 。思いつめて自傷にいきついたことのある協力者からお話を伺い、SOC 検査をして、卒論にしようと思っています。

普通の人 、ねぇ。私自身、その交友関係。引っかかったことのない人のほうが思い当たらない。二十代の何人かは 厨二病 と表現する。だが、それが宗教・哲学の始まり。それを考えたことのない臨床心理学専攻がいるとは思わなかった。

(私) 教えてあげる。自然性の欠如 て、自分の鼻が見えて、気になって仕方がないということだよ。

(友人) あー、それうまい喩えですね。

(私) 喩えじゃないんだ。今晩眠るまで、明日一日、自分の鼻が見えることを意識して生活してごらん。それが終わったら、検索してどんな病名をつけられがちか探してご覧よ。そして森田療法の創始者が、なぜ自分がトレーニングをしないと日常に返れなかったか、文献を調べてみると良い。典型的な症状が見つかるよ。

卒論方針の発表のあと、来週に会うことになっている。どこまで鼻が見えることが気になっただろうか。学部の他の学生は、どんな感想を抱き、どんな質問が投げかけられるのだろうか。理解した顔をする人はどれくらいの比率だろうか。

会うのが、とても楽しみだ。

6月2日、夕刻

仕事の打ち合わせの帰り、遠方の、前から二人で会おうと言っていた別の友人と割り勘で飲む。

鼻が見える人、見えない人がどれくらいいるのだろうか。

あの人は、鼻が見える。あの人の見えることを前提にした科白は、心に響きすぎて、読みつづけることができない。あの人は、自分だけが鼻が見えると思って孤独な思いを抱き、言葉で他人に押し付けようとしているのが辛い。心に響くから言わない人、目を逸らす姿勢が見える人、心に響きすぎるから反応しない人、あぁ。あの人は見たことがないかもしれないね。

共通の知り合いについて、そんな言挙げをした、かもしれない。

行為・行動についての陰口は嫌いだが、そんな人物評ならば心置きなくできた。

目を逸らしている人は多いが、見えたことのない人は、やはり稀だろう。そんな結論に達した。

6月2日、朝

この二つの会話の合間、一人で考えることに耐えきれず、久々に外部に放出した。

心に影のある人が理系に走り、陰を理解したことのない人が文学・哲学・心理学に走る。なにかオカしくないか。何かから逃げていないか |04:19 AM Jun 02, 2010|

自分に「ないもの」だから憧れるのか、自分に「内在する影」だから呼ばれるのか |04:26 AM Jun 02, 2010|

影がありながら能力を併せ持ち、理系に走る人がもっとも躓く。影がないのに他人の闇に寄り添おうとするものはどう生きるのか。隠れた影はあるのか ……あるよな |04:31 AM Jun 02, 2010|

「貴君の影を探そう。夜の闇は恐いかい? なにがワケもなく恐ろしい ?」 「卓に山盛りのまんじゅう、そして熱い茶が一杯怖いね。ヘヘヘ」 |04:36 AM Jun 02, 2010|

久々に「思索を」呟いた気がする |04:41 AM Jun 02, 2010|

「過剰なる才を持てあまし」と評論家がいうとき、誰の心に比べて過剰なのか。評論家本人 ? それとも無能・無才の仮想読者 ? |04:40 AM Jun 02, 2010|

一度は自覚しながら、逃げている対象が心の「影」か。内在して自覚したこと、怖れたことが一度もないのは「闇」か |04:46 AM Jun 02, 2010|

多少、言葉の遊びに偏った、直観ベースの連想思考だ。ここまで放出して、やっと眠ることができ、仕事の打ち合わせ、上記の人物評をした飲み会に至れた。

再び、6月2日夕刻

オカルト、東西の宗教、心理学。

みな表現が違うだけで、じつは やるべきこと は、処方は同じだと最近つくづく思う。そんな話もして同意を得た。

もちろん、当てはめた論理が 鼻の見えない人 に誤解され、あるいは 自分だけが鼻が見える。すごい能力だろう と誇ることで、さまざまの歪みが生まれる。

歪む形は、各理論で別。私は何種類かの体系で表現し、理解することができるが、とくに統一して体系にする必要は感じない。どの体系も歪むからだ。

そんな話が、二人で共感を紡ぐうちに生まれる。こんな付き合いなら、深くて親しくない関係は悪くない。

自分の鼻が見えることから、意識を逸らす人には嫌われる。公開の場所で多く語る内容ではない。会った人に合わせ、相手の状態、相手の体系に合わせた言葉で、ただ共感しつづけるだけ。

たまたま、自分と同じ辺りの位置にいる若い友人もいると、翌日に実感できたのは本当に幸せなことだ。

2010年5月29日

「らせつの花」読了

しばらく前にネタにした らせつの花 。秋の最終九巻が待ちきれず、かつ時間が剰ったときに漫画喫茶が見え、別冊・花と夢 の六、七月号を読んだ。二回の連載で、八巻の続きからラストに至る。

岩月君は報われ、あたかも日向羅雪・星野夜行の恋物語ではなく、彼が主人公だったかのようだ。 (こんな時、たいがい作者の打ち明け話があると 最初はもっと救われない結末になる予定でした とか言われるよね )

べたべたの少女マンガが気になって仕方がない四十過ぎもどうかと思うが、昔はこの手の話を読んでも筋を追ってはらはらするだけだったからね。この年齢で改めて初読というと、こんな作品しか残っていません。いやはや、恋愛でない愛を描いた作品の少ないことよ。

このあと、ディープグリーン (佐々木淳子) の四巻を読み、携帯から直接アクセスしていたにも拘わらず MiChao! がコンテンツは残っていても、企画終了して話は宙吊りで終わったとやっと知る。

スポーツ競輪漫画 Odd's (石渡治) 正編 , 番外 , プロ編(連載中、3巻まで) を読んで、なぜか遅れてらせつ の分まで目から涙があふれる。

なかなか有意義な漫画喫茶での時間つぶしだったが、競輪という特殊なスポーツが題材とか、前に一度完結した話の続編漫画であったり、人に勧めにくいのが難点だ。

後記・蛇足・多少ネタバレ

テーマは守護天使の、理想の母性から肉をもちながら乗り越えた男性原理への転換、かな

守護天使と聞いて、文字とおりスピリチュアルな存在しか想像できない人は退場

2010年5月28日

「身代わり」読了

また前日に続いて、精神病理の本を離れたつもりが…… というオチ。急いで書かずに、まとめておけば良かった。

図書館で、西沢保彦さんの 、タック・タカチシリーズが昨九月に出ていたのを気づいたんだな。

油断していた。トリッキーで軽妙な短篇だろうと、なにげなく借りて読み始めた。

依存 の続編の長編でしたよ。あの事件の余波がみな収まっていません。

身代わり

短篇のいくつかで語られていた、彼らの卒業後へ中継をする作品。すべてを収まって お疲れさま です。

ま、電車の中など人目につくところで読む本ではありません。涙流したり、挙動不審になったらかなわん

pidgin を 2.7.0 ( Yahoo Japan 対応 ) に

やっと pidgin を Yahoo! Japan 対応の 2.7.0 に上げられた。

ports から入れるときに、Gstreamer を使わない設定にすると、header missing でコンパイルが通らなかったのが今までの敗因だ。

 In file included from media/backend-fs2.c:29:
 media/backend-fs2.h:62:21: error: gst/gst.h: No such file or directory
 In file included from media/backend-fs2.c:29:
 media/backend-fs2.h:63: error: expected '=', ',', ';', 'asm' or '__attribute__' before '*' token
 media/backend-fs2.h:66: error: expected '=', ',', ';', 'asm' or '__attribute__' before '*' token
 gmake[4]: *** [backend-fs2.lo] Error 1
 gmake[4]: Leaving directory `/usr/ports/net-im/libpurple/work/pidgin-2.7.0/libpurple'

これは ports の問題ではなく、pidgin の問題だよね。報告はするが、パッチを考えたりせずそっとしておこう

追記

報告したら即座に返事がきた。その問題は対処をすでに提出してある と。

データベースを検索してから報告を提出したはずだがおかしいなぁ…… あ、pidgn (ユーザインタフェイス) のほうで検索したしか。libpurple (プログラム本体) で検索するのを忘れていた。マヌケだ。

2010年5月27日

エコノマ読了

エコノマという店を作るまで私の舌が覚えてきたこと。 読了。

精神医学と哲学の本ばかり読んでいるのもなんだ、と思って軽い料理エッセイを選んだハズなんだけれどなぁ。なぜか、精神病理の本でもあったりする。

今の気分が惹かれる文章が、どうしてもそちらの方面に近くなるということか。

それとは別に、料理は美味しそう。音楽の趣味は私には過激でつらい気もするが、横浜に味わいに行ってみたいね。

フランス語の発音 ("Tout tout pour ma chérie ma chérie")

ふと思い出したシャンソン、いやフレンチポップ。原題が思い出せずに検索したので、最初に当たるのはもちろん日本人向けに題名がかかれた動画。

うたい出しの (原題でもある) Tout tout ma chérie , ma chérie の部分を聞いたときに、日本人の喋るフランス語てこうだよな、としみじみと思った。

そして、私自身がこんな発音をしているだろうと確信がもてて嫌になった。で、いくつもヴァージョンを探す、と。

同じように日本人が歌っていても、なぜか発音が英語に聴こえる。

オリジナルは一応これかな。ちと版が新しいが。

こういうノリが好き。

たくさん聴いているうちに、だんだん発音の違いがわからなくなってきた。幸か不幸かしらんが。

2010年5月26日

臨床心理の本を何冊か図書館に返す

今日、これから図書館に返すのは以下の四冊。

文藝 別冊 は、谷川俊太郎が河合隼雄の文化功労者顕彰祝賀会に贈った詩がおもしろかった。一部引用する。

せわしいタマシイけたたましい
さもしいタマシイさわがしい
さかしいタマシイうっとうしい
まぶしいタマシイうとましい
ふたつよいことさてないものよ
わかりまへんなてごわいかわい

「臨床心理学」という近代 は、権威としての臨床心理に対するアンチテーゼ。

河合がいう深いが親しくない関係 だけでなく 親しいが浅い関係 も重要という言葉は重要。

あとに挙げた二冊、べつに今更資格を取ろうとは思っていない。読んでいるといろいろ計画しそうになるけれどね。

素人がカウンセリングの技法を日常の人間関係に適用しすぎると危険。だが、いまさら他の方法も好きではないし。ならばどう高めて危険を避けるかという試みの一環だ。

これはまだ返却しない本から、次の言葉が胸を打つ。

ノルウェーの森には桜井が指摘するように、確かに<話す/聴く>関係が組み込まれている。だがとの二者関係の中で話し手の傷が癒されることはない。『僕』は引き受ける覚悟もないままに、緑や直子の心の結ぼれを引き出し、傷を露わにしたまま放置してしまうのである

不用意に蓋を開けられた心からは、とめどなく病いの血潮があふれ出し、彼らを深刻な危機に陥れていく

(前後するが、もう一節)

その日が犯してしまった誤謬とは、(それをもし誤謬と言うのならだが)、際限なく続く話に不安を覚えて彼女の話を遮ってしまったことではない。むしろ、いくつかのポイントに触れないように気をつけて話していることの 不自然さ に気づいていながら、直子の話を途中で切り上げさえてあげなかったことのほうなのだ。

臨床文学論 (近藤裕子 2003)

先日に読んだ、ユングの生きていた頃のユング派の一人が書いた心理療法の光と影 は、その危険を描きながら肯定的な賛歌になっていて勇気づけられる。

2010年5月25日

外はこんなに良い天気

窓と扉を開け放って、26.5℃、湿度は17%くらいじゃないだろうか。外はこんなに良い天気。

河合隼雄の本" で言及されていた聖なるもの (ルドルフ・オットーの原著に、訳者の華園聰麿が注解をつけた版) がある図書館を土曜日に探した。

私が住んでいる世田谷区の図書館になく、カーリル で検索すると、たとえば都立中央図書館 に在庫があり借りられるという。

麻布の有栖川公園は、好きな公園のひとつだ。その中に図書館があるのは気づいていなかったが。

せっかくだから今日、歩いていこうと思った。残念ながら、16時から歯医者の予約が入っている。

こんな日もある。いま読みさしの本を読もう。


この記事を書いたついでに、中央図書館のサイトを見たら 来館しても貸出できません。都内の他の図書館から借りて下さい と書いてあった。カリールでは 貸出可能 としか表示されていなかったから、早合点していたらしい。

近所で借りる手続きをしましょ。

2010年5月21日

ひさびさにマトモな夢をみた

昨22時過ぎにまっとうに眠くなり、人がましい時刻に一度起きたが、とくに予定もなく、物足りない気がして眠ったら、やっとまともな夢をみた。二週間ぶり、か。

寝不足が続いていた。忙しくてではない。眠り続ける体力がないから起きていただけだ。

日記というほどでもないローカルのメモをみると、どうやら13日を最後に、昨20日の昼までマトモな食事を一度もしていなかったらしい。たんぱく質といえるものを食べたのは、差し入れにもらったカップぜんざいの小豆だけ。

昨20日に豆乳を 1L とバナナ、干しぶどうを摂って、街を歩きながらときどきコンビニの惣菜で肉を何度か食べて。やっときちんとした睡眠を得た。

恥ずかしい近況だが、誰かの役に立つかもしれない。こんなこともあるんだ、と。

2010年5月19日

生存報告 05-19

生存報告なんて書くのやめようと思っていたのだけれどね。

メールに対応しつつ、直近の予定が立たずに待機している日が続くと。いまの精神力では 俺は生きているぞ。動いているぞ と主張したくて、ネットで饒舌になってしまうらしい。それは、ハタ迷惑だ。まだしもゴミのようなエントリが自分の日記に追加されるほうがマシ。

手をつけていることはいくつかある。一段落ついていない、区切りまで行ってもいない途中経過を書くのはやめようと思っている。

ま、そんな感じ。自己主張の欲をこのエントリで発散して、待ち時間に有意義な内容を構築できるようになることを、切に望む。

2010年5月15日

雑話3つ

覚悟について

図書館のリサイクルで拾った本。新入社員に向けたメッセージが書いてあった。

覚悟をしていますという言葉は安々と口にされます。しかし、覚悟はしていましたが、やっぱり駄目ですという言葉も安々と口にされます。

これは、覚悟を決めていたのではなく、覚悟をした気分になっていただけだからでしょう。

(略)

何が起こってもがんばろうと決意するときは、起こり得ることに何があるのか、起こり得ることの最大値は何なのか、そのとき自分は何ができるのか、などを自分の弱み・強みを踏まえて予測しなければなりません。

そして、どういう場合に自分はがんばれるのか、どの程度がんばれるのか、達成できることはどの程度か、などを決めなければならないのです。

若い君たちへ贈るちょっと外したオピニオン より

違うよ。

覚悟ってのは、失敗した時の結果をも受け容れること。

会社の経営者 (著者) としてはそれじゃあ困るだろうが、言う側は 駄目でした。どうとでもしてください。馘首なら鶴首で構いません で良いんだよ。

万全は尽くした (人格、生活などとのバランスも含めて)。その結果どうだった、というのを生かして、先につなげることができる。それが覚悟なのであって。結果が成功でなければ宥せない、てのは覚悟をしていないだろう。

この社長、上司にこそ言うべきだ。この部下に任せたという覚悟が足りない と。

歯が欠けた

4,5年前に入れたブリッジが、さきほどポロリと取れた。玄米ご飯食べていたら。

夢判断の本には、身内の死の予感 と書いてあるかもしれません。あるカウンセラは 現実に対する自分の解釈・価値観が変わっていくときによく見る と言いました。

夢の解釈は人それぞれ。その人の生活の中で判断すること。本当に身体が病気を訴えていて、自覚まで至らない痛みが見せることもありますね。

半年ほど前にそんな科白を吐いたが、まさか現実に対する自分の処し方が変わってきたときに、現実の自分の歯が、五本分もなくなるとは思わなかった。

ちかごろ真面目に歯医者に行くように生活を変え、口の中の他の部分も使えるようになって力の掛けかたとか変化したせいなんだけれどね。

この歯の治療をしたとき、他の部分を治して噛み合わせが変わったら調整する必要がある と言われた気もする。

バトン踏んでしまった

mixi で、友人の日記をみたらバトンだった。朝起きたら異性でした というやつ。

コメントの応酬のノリで、彼の日記に自分も答えて。2~3時間して気づいた。いや、応え終わった瞬間にそんな気がしたのだが、これ心理テストだ。相当に本音漏らしてしまったよ。

ここで世界に公開するほど悪趣味ではないが、質問だけ書いておく。

まず答えてみて、しばらくしてから自分がなに書いたのかに気づいて苦笑いすると楽しいよ。

  1. 目が覚めると性別が変わっていた!まずは一言
  2. とりあえず着替えなくては…何を着る?
  3. 大切な用でどうしても家から出なければなりません!どうします?
  4. 無事に用事を済ませたあなた。どうやって乗り切った?
  5. 突然友人がやってきた。「どうしたッ!?」と言われたあなたは?
  6. 友人はなんとか理解してくれたようです。そんな友人に一言。
  7. 夜、お風呂に入ろうとしますが……あなたならどうしますか?
  8. いつになったら元に戻ると思いますか?
  9. とりあえず寝れば治るそうですよ。どうします?
  10. 朝、起きたが戻っていない!何か一言。

2010年5月12日

9マイルは遠すぎる

9マイルは歩くには遠すぎる。ましてや雨の中となればなおさらだだよね。雨の中を歩くのがつらいと言っているんじゃない。9マイルといえばただでさえ辛いのに、雨が降っていたというんだ。しかしね、君。9マイルといえばそれほど長い距離じゃないよ。ゴルフをすればすぐにその半分くらいは歩く。しかもゴルフといえば 老人のスポーツだぜ。

9マイルは遠すぎる 表題作より。ただし、文責は中川。つまりうろ覚え。

月曜日から、むしょうに歩きたかった。

なるべく急いで図書館に行く必要があるが休館日。うかつに出歩いて帰ってこられなくなるといけないと、見送り。案の定、なかなか眠れなかった。

明け方6時から9時まで眠り、図書館のほかの用事、街中に出る準備などを整えて出たのが、正午を30分過ぎ。一度も座らず、缶コーヒーを一本飲んだほかは無駄遣いもせずに、5時間後に渋谷に着いた。

用事のあいだ、多少は座った。一時間後、用事が終わってから友人と合流。

友人と30分立ち話をして、また歩き出す。霧雨が降っていた。専門学校の卒業製作の展示を観たときに、椅子を借りた。 500ml パックのジュースも二人それぞれ飲んだ。あとはひたすら歩いていた。だんだんに雨がきつくなり、友人が帰る私鉄の始発駅に着いたときには、ふたりともズボンが絞れるほどに濡れていた。22時10分前。

つまり休憩を二回はさんで、9時間半歩いていたわけだ。雨が冷たい、こんなこと二度とやるかと言いながら、二人で食事をし、最後の話をした。

で、いま私の歩いた距離を地図に訊いてみた。要所々々を結んで最短で移動していたとしたら 16.6 km だという。約 10マイルだ。

誰だよ、9マイルは歩くには遠すぎるなんて運動不足だ なんて言ったのは。友人と歩いた 5マイルだけ取っても、雨の中充分に酔狂だよ。雨でなくとも、ふつう渋谷から池袋なんて歩かないよ。

それだけの話。ほんとうに大体9マイル歩いていたことが分かって、笑みが止まらない。

付記: おっと。渋谷で座って30分アンケートに答えて、図書券を稼いだっけ。

2010年5月8日

ふわふわと

三日ほど深く眠れなかったが、回復。筋が鮮明には思い出せない夢をみた。

かれこれ十三年、連絡を取っていないし、取りようもない知り合いが、仕事先にきて慌てて連れ出して二人きりで話した。

二万円渡せ といわれた。そのとき私は一万七千円しか手持ちがない。さらに二週間後、四万円受け取りにくる とも言われた。

ちかごろ、その人と交際が途絶した最後の会合を思い出しては、あれがいけなかったと反省する -させられる- ような、対応する人間関係のトラブルがある。

今日のうちに、あと一つの反省。二週間後をメドとしてさらに四つの反省でも洗い出してみようかな。とくに急ぐ用事はないし。

最近まで、実在の人物が見識った顔で出てくることはなかったのだが。近頃は、ごくタマにある。今回は十年以上も前の顔なわけだが

2010年5月5日

ふつかほど miniblog 復活してみた

お休み宣言 から50日弱。昨日と、今日と。ミニブログに浸かってみた。昨日(4日)は足を浸す程度。今日(5日)はどっぷりと。

CMS の作品 ? GW が五日も残っていなかったのに気づいて断念しましたよ。技術的な下調べはしたのですがね。

前日まで、復帰する予定はなかったし、知り合いにもそう言っていたのに。自分でも信じがたい。

文体はあまり変わってない、下手をすると前よりも傍若無人。時間あたりの投稿数もあまり変化はなかったが。

ミニブログを離れてからの、生身で人と話すときの心がけが、しっかり自分の姿勢になっていた。多数の人の記事を読み、反応しながら。いま場所を離れると何も心に拘りとしては残っていない。その場でできる反応をして、すべて出し切った実感があるから、あとに残す必要がないんだな。

考えつづけていなくとも、しばらく休んでから復帰したらきちんと。その人の個性や過去の記事が必要に応じて思い出せる。そんなことが自分に可能だとは知らなかった。

たぶん復帰したのは、こんな文章を読んだのがきっかけ。

だから、われわれの常識とか経験で解決できるものは、どんどんやったらいいと思います。怒って治るものならば怒ればいいし、話し合いに行って治るんなら行けばいい。説教して治るのなら説教したらよろしい。してはいけないということはないんです。しかし、説教も話し合いも叱責も効き目がないというときがある。そこからカウンセリングは始まる。そういうふうにおもってほしいですね。

河合隼雄のカウンセリング入門

ここまで50日、対面や電話で 聞くこと をメインで人と接することを心がけたあとだから、なのだけれど。すっと中に入って会話することができた。目立ちたいだけのための発言は 1% 程度で。

これで明日からの日常に、また自信をもって戻れる。そんな気がする。

2010年5月2日

PC 環境復旧

恵んでもらったマシンがメインだが、復旧 したのは環境であって、PC ではないということで。

4月30に追加の買い物をして、作業開始。各種アプリの更新作業まで含めて、終了したのは今朝未明4時。

技術寄りの、FreeBSD に特化した話を軽く書く。

/usr/local , /usr/src , /usr/compat は前からのディスク (320GBytes , ATA 接続 ) へのシンボリックリンク。/usr/home , /var , /tmp は前からのディスクの該当パーティションへマウント。動作確認で FreeBSD-8.0 RELSEASE をインストールした新しいディスク ( 80Gbytes , SATA 接続 ) から起動して、/etc はまるっぽ mv して /etc/fstab のみを編集した。

8.0-RELEASE と、マシン故障前時点の 8.0-STABLE で ライブラリに変化があり、ports でなく自分で作っている vim だけが動かなかった。どうせ更新は趣味で行うので、vim を作り戻しはせず csup , makeworld 。そのほかは素直に動いた。Pentium4 1.6GHz から Celeron 1.8GHz 、どちらも i686 と表示される移行なので、CPU に合わせて最適化した /usr/local のバイナリも最適なまま動いているのだろう。

変えた設定は、失効した kikansha.jp のドメインから **.local への名前変更のみ。

ハードの変更に伴う変更は二点。ネットワークカード ( カーネルで bfe → em ) と、グラフィックボード ( Radeon RV200 QW [Radeon 7500]Volari Z9s で、ports から入れている X のドライバと xorg.conf を radeon から sis に ) 。

ドライバを変更しなくとも、前の設定ファイルそのままでとりあえず X が VGA (基本) ドライバで動いてくれたのはありがたかった。メールチェックくらいはできるということだ。(そこまで18日もの長きに渡って、携帯から生活していたから今更ともいうが)。vim が使えるまで、積極的に日本語を入力する気にならなかったけれどね。

X が VGA で動いていたとき、まだ /boot/loader.conf を動かしていなくて sem.so をロードしていなかったが firefox3 は素直に動いていた。なぜだろうね。とくに追求する気はない。

おっと、一時間後に追記。サーバ用の機材 で、音声出力端子がマザーにないので USB のスピーカを購入していた。ヨドバシカメラで一番廉かった品物、 1,980円。

Windows 用の CD がついたソフトウェア制御の品物で、音量調整はコマンドラインから mixer と叩かないといけないが、/boot/loader.conf に snd_uaaudio_load="YES" と追記したほかにとくに設定はない。(追記終わり)

ひさびさに、睡眠障害寸前まで作業した。どうなることかと思ったが、徹夜→13時から2時間の仮眠→風呂などの日常もこなして24時に就寝→6時半に自然に目が覚めた、ので私も復旧できたのだろう。

ゴールデン・ウィークのあいだは復職活動をしても無駄なので、あと五日間でちと作品を作ろうと、今朝思いついた。前に河野さんとお話して、こんな仕様でこんな実装なら良いよねと意気投合した CMS の、ブログ部分だけ軽く。五日でできる範囲だけに限定して。

五日あれば、構想は固まっているわっさ用の人工無脳も一個半作れるんだけれどさ。環境構築も実験も済んでいるし。わっさそのものにアクセスするのを控えているので、人間の環境が今は向かないのだ。

2010年4月30日

春だねぃ

午前、歯医者の椅子の上で80分。合間に「ブッダの夢」(ISBN4-02-264262-9) を読み了えた。三週間ほどあちこち拾い読みしていたのが、まとまった。

久しぶりの歯医者、神経が過敏になっていて眉の上を技工士の袖がかすめるのまでくすぐったく感じた。だが、病的な神経過敏ではない。体力が落ちて刺戟に敏感なのではなく、体力・気力は二日の睡眠で充実していて、躰に張り巡らされた神経を実感している。

歯医者が終わり陽射しの下を歩きながら、いまの気持ち、格好良くいえば「無」だが、実際は「忘」だと思った。このふたつは同じものじゃないかと。

「呆」でも「HOGE(放下)」でも良い。禅僧が格好良く言って日本語で仰々しく奉られるが、実際は小学生の頃には得ていた、喪った感覚。

学術的に正しいかではなく、いまの私が感じているというだけのこと。べつに他人に押し付ける気はない。

春の陽気には、こんなエセ悟りが似合う。

2010年4月29日

意識的に独り言を口に出した一日

友人が「二、三年前に買ってから封を切っていない」と贈ってくれたサーバ機に電源を入れ、動作確認した。

いままで使っていたハードディスクを中に固定すると ATA ケーブルが届かないので、明日にも買い物に行かなくては、PC 環境が復旧しない。復職関係のファイル一式が入っているので、具体的に動けるのは連休後になる。

PC が壊れている間に、小説を十冊ほどと、人文の書籍を四、五冊読んだ。

昨日と今日、眠っている時間のほうが長い。外見はうつ期と変わらないが、焦りもないし精神は上々。眠れない夜ばかり過ごしてきた三年を取り返しているように思う。心身の調子が熟睡に向くなら、眠るに越したことはない。たぶんいま最優先でやるべきことなのだろう、人生の残りはたかだか二、三十年と見据えて。自宅で運動をする人がいるように、積極的に眠りに取り組んでいる。

明晩には PC 環境も復帰しているだろう。土曜日には動いているだろう、いろいろなことをまた、書き散らすかもしれない。今日は生存報告だけ。長らくどの日記も更新していないのが気に掛かったから。

2010年4月21日

再点検

復職活動のうちで、手応えのあった案件を落として再考中。

ほぼ狙った通りの印象を与えた自信があるので、技術・経験に問題がなければ根本の作戦が案件とそぐわなかったのだと。

おりしも友人に 技術・経験があればサルでも使いこなせないとプロマネ(PM)とは呼ばないんだよと言ったばかり。あまりに強い印象を与えると、本名からこのアカウントにつながり赤裸々な過去などが検索されたかとも考えたし、そちらにも対策は打っておくべきだが。枝葉だろう。

人は変わる。私も変わった。目の前で話した私の印象が問題のはず。


読書にかまけて散歩を怠ったら、徒歩の速度が酷く遅くなっていた。反省して昨日は街中を五時間歩く。雨も降りだしたが、春の陽気ゆえ、傘がなくとも気にならなかった。

一夜明け、体調・スケジュール・気分がどれも気持ち良く現実逃避できるようタイミングが揃う日は滅多にない。安心して逃避しよう と考えたら、逆に積極的に反省と方針の立て直しが始まったのが興味深い。

2010年4月18日

あれこれ 04-18

会話に全身で向き合う訓練を重ねるたびに、会話の中身が普段の記憶から抜けていく。

そういうものなのか、「アースして地面に流し、次の会話まで思い出さない」という先人の知恵を読んだのが影響を与えているのか不明。デメリットはないから続いてほしい。

自分が受け止めて考えないといけない内容、実務/手続きをしないといけない内容は、タイミング良く拾ったり、思い起こせている。自惚れかもしれない、それは自分では分からない。


水曜日からPC故障中。読みたい本のリストが膨れているので、半ば意図的に修理に手をつけていない。

人文系の本のリストが片付いたら、ちと GAE (Google API Engine) 触ってみたいのだが。復職までうちに時間を取れるかな。

2010年4月17日

カラオケに遊びたい -vocaloid songs-

午前四時台に起きたと思えば双極性障害(うつ病)の早朝覚醒だが、五時前に起きたと思えば単に早起き。ちかごろそんな感じ。

あまりの寒さに空調のリモコンを探し、過程で昨年末に娘とふたりでカラオケボクスに行ったときのメモを発掘した。

ヒトカラのつもりでと彼女に好きな歌を歌わせたら、ヴォーカロイド曲ばかり25を歌ったリストだ。私には珍しかったので挙げておく。

「僕は灰猫」(レン)
「呪いのめがね」(リン)
「ダブルラリアット」
「ハロウィンモンスタァパーティナイト」
"Imitator" (レン)
「ブラック★ロックシューター」(レン)
「炉心融解」(リン)
"Little doll" (リン)
「右肩の蝶」(リン ver.)
「右肩の蝶」(レン ver.)
「リンレンラリリン」
「初めての恋が終わる時」(ミク)
「WEBデザイン」(KAITO)
「何となく言ってみたい言葉」(レン,ルカ)
「置き去り月夜抄」(リン,レン)
「貴方に花を私に唄を」(ミク)
「パッピッパー」(ミク)
「ペテン師が笑う頃に」(ミク)
「裏表ラバーズ」(ミク)
「ベタ恋歌」(レン)
「イケ恋歌」(レン)
「サルでもわかる」(リン)
「下克上 -完-」(リン,レン)
"Fire" (レン)
「囚人」(レン)

2010年4月16日

誤爆 -miss shot-

携帯の送信メールを確認したら、ひどい誤爆が…… (二回目)

はい、黒い と嫌われた中川節も健在です。思考を発展させるときには紙のノートに書くし、オチがついてしまって、忘れたころの見直しでないと発展しそうにないものは、手許に携帯しかなければ gmail に封印しています。また PC が故障したから gmail に送ったつもりが、ここに来ていました。

自分が恥ずかしいだけの、ウヌボレだけの文だから良かった。

他人のことを気にするように ……直截にいわず手帳に書いてこちらで考察するようになってから、取り扱いには細心の注意を払うようになっています。誤爆するなら自分のコト

2010年4月15日

アニマとアニムス

男性にとってのアニマは、世間という荒波に対するときに、弱音を吐きたくなったら逃げ込める、護ってくれる、究極の母親。世間と自分のあいだの非常用の隔壁で。

女性にとってのアニムスは、社会に見せている自分ではなく、生(ナマ)の個人を受け止めてくれる存在。
望まれたなら性的にも暖めてくれ、どんな話も黙って聴いたらまた闇に消える。必要なときだけ呼び出されてくれる存在。
ケガレを受け止め、闇からの智恵を与えてくれるが、昼の光の下には現れない、究極のカウンセラなのだろうと思った。

二、三千年続いた社会が変わり、男女の社会的な役割が逆転して、月経ではなく精通がケガレとみなされるようになったなら。
幻の異性像も逆転するだろう

2010年4月12日

見つからないもの

思索は夜に、決断は朝に なんて、いかにも諺・ノウハウとしてありそうな言葉が、日本語/英語ともに検索して見当たらない。

むかし父がよく歌っていた そよふく風さえ… とはじまる、ユーモレスク の歌詞が、検索どころか唱歌、世界の名曲などで図書館を漁ってもわからない。ユーチューブ動画へのコメントで日本の唱歌を海外の人が演奏してくれるとは なんて コメントすらある から、間違いなく存在した文化なのに。

プロとは

昨日、娘に向き合ったあとで。

前日に電話を誘った旧友と一時間半の電話をして、ザンスの最新刊を読み、眠り。起きると図書館に返した本、さんざん引用した 平成おとぎ話 の一節が深く心に響いてきた。

「プロとは自覚した技術によって、偶然だけが導く名演を呼び寄せる存在である。

アマチュアでも時に名演に恵まれる。プロでも常には恵まれない

文責は中川。「まねをしないで」より

2010年4月11日

娘の家庭教師 vol.10. -side B-

というわけで、ブログだか書写だかよくわからないことをしたあと。娘がきての家庭教師はひたすら そこに居ること。相手に100%向かう ことに注力してみた。

アホほど疲れた。15時から17時、お互いに限界だった。

昔の寺子屋で、音読をひたすらさせた意味が分かった。教師自身がそこに向き合うのに、注力するのには最適だ。もちろん、馴れになってしまったら意味がないが。

最寄り駅まで送り、図書館に行き、スーパーで買い物をして帰る。

トレイいっぱいの小魚、見たことのないのが半額88円というのを買ったが、ちご なんて名前、紛れて検索もできない。レシピ専用サイトでも当たるところかな。(稚魚、とかいてちぎょと呼ばずちご、なんだろうと思うが)

ま、とりあえず出汁醤油で煮るだけだ。

アイについて

ひとは相手のどこに好意をもつのか

自己肯定ってやつだ。

けれど、それは開き直りというやつでもある。

反省がない、自分をかんがみない、疑問を持たない、客観的になれない、我儘な、自己中心的な、成長のない*だ。

世の中はそんな*を イヤな* と呼ぶ。

(中略)

ありのままの自分というのは、本当は、ありのままで努力している自分、のことを指しているに違いない。

恋するチカラ (唯川恵 2004)収録

*は今カメラ持ちたくないみたいなの。死にかけたんだからムリない…よね
ふうん。なんか意外だな。もっとタフな精神のやつかと思ってた。
(第16話)

市民も放り出せないーー でしょ ? たぶんそれ、まちがってないんじゃない ?
そ……か
(第19話)

なんで*さんがその言葉を言ってくれるの? がんばれって、あたしの背中を押してくれるの?
おれの好きな君は、たぶんそうするはずだから
(第20話)

文庫版3巻 より

アイについて

河合隼雄氏の平成おとぎ話 よりいくつか

夢などめったにかなうことはないという現実認識をもった上で、かなう夢」のあることを教えてくれた先生に有り難うといえるのである。

先進国にはヒューマン・ビーイングはいない。いるのは、ヒューマン・ドューイングだけである と言うと、案の定、わっと笑いが起こった。

(略)

何をするべきかと考えたり、私が何をしてあげるかというのではなく、私がただそこにいる、ということが非常に大切になってくるのだ。

(略)

これは実に難しい。何もせずに居ると、人間の心というものは、どこかよそに行ってしまう。そうならずに全身全霊をあげてそこにいる、というためには修練が必要である。

そんな面倒なことをしなくても、最初から自分の個性を生かして努力すればいい、と思うかもしれないが、人間の個性などというものが、そんなに簡単に見つかるはずもない。誰か自分のほかに「生きた見本」を見せられて、あれだ、と思って努力し、苦労してこそ自分の個性が見えてくる。

(略)

不幸にも幼少期にそのような体験をしていない子供は、なかなかそれが難しい。

思い切って身をまかせる経験をもっていないと、いざというときに不安が先立ってしまう。あるいは、まったく途方もない存在でないと身をまかせられなくなるので、(略)このような同一視がどれほど危険であるかは、オウム真理教事件を見てもわかるであろう。

そのことが一番端的にわかったのは、フィッシャー・ディスカウが、このように歌うのだと生徒に歌ってみせ、生徒がそれを聴いて歌いはじめるとすぐに「まねをしないで」と言ったときであった。

(略)

先生は言うなれば、シューベルトのたましいを自分はこう感じとっているのだと伝え、それを受けとめることが生徒にとって大切なのであって、先生の行為を真似してもはじまらないのだ。

劉さんは陳さんを紹介するときに、「諍」という字は、日本人は「論爭」などを連想するかもしれないが、これはそのような意味ではなく、お互いにまったく自由に腹を割って話し合うということなのですよ、と言われる。そして、それに続いて、「中国には、諍友という言葉があるのです」

私が言いたいのは、どちらが正しいとか、どちらがおかしいと言うのではなく、文化には明らかな差があり、その差の存在をしっかりと認識することによって、お互いの誤解を少なくすることができるし、また、他に学ぶことができる、というのである。別に、日本文化が他より優れていると主張する気はない。

複素数などといっても忘れてしまったという人もあろうが、非常に簡単に言うと、普通の実数では量だけしか表せないが、複素数では量のみでなく方向も表せるのである。

蛇足 : この説明で感嘆しないやつは理系じゃない

ところで、対談の達人とも言われる河合隼雄氏が、私は感情とか感覚が未発達なので と書かれていた文章をみて目を丸くした。この本だと思ったのだが、なんど読み返しても見当たらない。おかげで引用と称した場所が増えてしまった。

ユング心理学のことばで 感情と感覚が未発達 といえば、もちろん 直観と論理には自信をもっている ということ。なるほど、私が河合氏のことばをちかごろまとめて読んでいるわけだ。封印していた直観を解き放ち、論理との両輪で生きようとしている時期なのだから。

2010年4月10日

文体分析されてみた

バズ仲間 (友人の友人) が Google Reader からシェアしてくれたのをみて、文体診断λόγων(ロゴーン) をやってみた。

提供したデータは、最近に書いてローカルに保存している、自分の夢の記録と感想。

  1. 小林多喜二 (79.6%)
  2. 松たか子 (79.5%)
  3. 井上ひさし (78.9%)

蟹工船 ですか。あれ、読みにくい文章だったよな…… 悲しい。

いくらファンでも立原正秋に文体が似ていると言われたらイやですけれどね、人を飲み込むほど勁い文章は書きたくないと思っているので。色川武大の文章は水っぽすぎるし、川端康成のような幻想的な文章は、夢の話でも似合わない、私がやっているのは分析だし。

でも、吉行淳之介とか城山三郎が出てきたらうれしかっただろうな。(たかだか64人の作家しか入っていない比較対象に、ピックアップされているかどうか知らないけれど)

  1. 岡倉天心 (46.9%)
  2. 田中角栄 (55.6%)
  3. 三木清 (56.7%)

岡倉天心は昔に一冊読んだはず、という程度の文筆家で思い入れもないが、三木清人生論ノートは思春期に繰り返し読んだ作品のひとつなのだがなぁ。残念。

文章の読みやすさ
B (読みやすい)
文章の硬さ
A (文章がやや柔かい)
文章の表現力
A (とても表現力豊か)
文章の個性
A (とても個性的)

個性的というのが褒め言葉かどうか疑問だが、全体に自尊心をくすぐってくれる評価ですね。

blogger.com のこの日記スタイル (css) で、表のままでコピーしても読みづらいのは自明だが、ほかに思いつかない。お目よごしゴメン。

平均文長 平均句読点間隔 特殊語出現率 名詞出現率 動詞出現率 助詞出現率 助動詞出現率 ひらがな出現率 カタカナ出現率 異なり形態素比率
粗点37.4317.4712.5825.9611.5632.2511.1654.972.6440.37
偏差値45505443626545526980

娘の家庭教師 vol.10

新学期が始まりました。

先週、踏み込み過ぎたから、バランスとらないとね、と言葉で思ったわけではないけれど。猫の気持ちで娘の学校の話を聞いていました。

[良い]-[悪い] , [ねばならない] の軸で頑張って、疲れているみたい。自分の接し方が悪いんだろうと思ったのが先週末。(家庭教師後)

今日は怒るのでもなく、叱るのでもなく、仕返し をしてみた。

私の指導は、○か×かという基準が違うのではなく、答案として充分か、不充分かという観点だと宣言した。点数もつけなかった。

今後も同じ調子で、同じコツを守ろうと思ったのでは失敗するのだろうな。一回、一回の真剣勝負。仕事じゃないから、目標は合格じゃないから、成算は不明。

2010年4月9日

4月9日時点の twitter 分析

ウケた。書かずにいられない。

Personality: likeable inquisitive cautious

Style: chatty obscure

BOFFIN

  • Your writing style is pretty obscure - try to keep things simpler, maybe?
  • Try sharing some interesting links you've found

9日未明時点の分析です。あとで変化するかも。

ちょっとアイマイなことばっかり言う人だね。シンプルに話してごらん。わかった?

はい、よく言われます。だいぶシンプルを心がけているのだけれどなぁ、殊に文字制限のある twitter では。

でも、なぜ英語圏のプログラムが分析しても同じこと言うの ?

日本語の分析、円グラフもあったね。昨年9月にも一度やったっけ。こんなの。

愛情度:3.85% 神経質:11.54% 思いやり:3.85%根暗度:3.85% 忙しさ:53.85% 下心:0% 社交性:3.85% ユーモア:19.23% 無関心:0%

ま、twitter は PC 関係の愚痴がメインですし。愚痴るには諧謔 = ユーモア も必要。こんなもの ?

忙しいと分析されるのは、投稿数が少ないからですね。

私淑している方のひとりにお会いした

nkf で名高い 河野さん にお会いしてきた。

解散後、しばらく帰路が同じで。いわれました。ネットで見るそのまま、まったく違和感なし 。いま拝見したら fj の中川さん紹介されているし。

先日は、同窓生の日記にコメントしたら、総勢五名ほどひっくるめて fj の香りのするみなさん と言われたなぁ。うーむ。fj という文化が機能していた、最後の三年前後しかいなかったのに。新参で、振り返って未熟な発言の数々。逃げるつもりはないが、恥ずかしい記憶ではある。

ま、ほかに実績もないし仕方がないか。

こんな実装があったらうれしいし使うんだけれどなぁ。今なら誰も作っていないしチャンスだよ と言われた CMS (ブログなどのコンテンツを、投稿・管理するのに使うやつ) でも作って xxxの作者の中川です と言えるようになりますかね。

……言わないよなぁ、自分からは。フルネームで、あるいは パイプ喫いの と名乗って、説明がなくとも おぉ xxx の作者 と思われて本物。自分で注釈を加えないといけないのは、実績があるとは言わない。

とりあえず、復職して資金に余裕ができたら名刺つくりますか。名刺を作っていなくてと初対面の方に挨拶して なにをしている人ですか と訊かれて答えるべき内容がないので。肩書きのない名刺を。

それでも、訊く人は訊くのだろうね。なにをしている人ですか 。復職して、仕事をしていたとしても迷う質問だよな。だからといって 本を読んで散歩をしている人です と応えるのも変だ。今日は パイプ喫いの とよく言っていますと応えたが。喫煙のために生きているわけでもない。

それだけではなんなので

今日の会話から

デザインパターンて、書くのは楽だけれど、教えるの難しいよね。

ヤヤコシイ処理を工夫するとこうなりがちだよね。人にいちいち説明するの面倒だからノウハウ説明しちゃえ、の集合、苦し紛れですから

学生に教えるのに、見通しが悪くて苦労するよ

大規模プロジェクトを納期にあわせて仕上げるのに、どう分割して作業者に割り振るかという発想ですものね。

河野さんが、実績のない私の個性を憶えてくださっているのは、ライセンスから設計・実装まで。コンピュータシステムという作品に対する美意識が似たところにあるからなのだろう。

実装よりも、その考えが生まれたバックボーンに即座に目が行き、口に出すようになったのは最近だが。

2010年4月8日

久々に麻雀について

久々に麻雀について書いてみようか

かつてツキの流れはあるか、ないかという話題が長く論を呼んだことがあった。いま現在もどこかでは論議されているだろう。

「麻雀は認識のゲーム」と阿佐田哲也の名前で語った方がいた。その文芸の先輩、五味氏も言った。問題はツキが実在するか、しないかではない。

エラーを自覚したとき、結果に不満を感じたあと、配牌を腐った(悪化した)と感じる。その感覚がベテランであれ無垢の初心者であれ、振り払いがたく襲うということ。それが問題の焦点だ。

ツキが悪化したと感じると状況への対処が鈍る。楽しみも損なう。ツキの有無は無視しても、自分の心や対局相手の認識が変わるというのは、紛れもない真実。それもまた状況のひとつ。

感覚に身を委ねて対処するのも、非科学的だと否定し、プロパガンダして対局相手の認識からも拭い去ることを意図するのも。

私の見聞していた限りではこの二つが双璧だった。他にも対処はあるかもしれない。最も効果ある対策が何かは検証不能だから、一度限りの出来事の積み重ねだから、ゲームに魅せられる人はあとを絶たない。

事象に法則を見つけることに目を奪われ、自分の心の動き、他者の認識の変化という目の前の出来事を無視するのは、「近代知」,「科学の方法論」の罠だな…

というような思いを「河合隼雄対話集」(1994 ISBN4-89583-139-6) や 「臨床の知とは何か」(中村雄二郎1992 ISBN4-00-430203-X) から受けた

追記 04-08

mixi 方面に、まだ私の麻雀について語っていたころの知り合いが多くいらっしゃるので、ふと反応をみてみたくて書いてみた。

あちらの足跡を見る限り、どうも誰も私の麻雀に対するコメント・随想など求めていないみたいね。それはそれで清々しく、すっきり。

2010年4月7日

もつれっぱなし

1.

朝、起きて。今日の予定を考えようとして、思考に焦点が定まらなかった。

寝ぼけているのだろうか。視界は焦点が定まっている。なぜ ? 二時間後、風邪の症状が出て納得。昨日は気力を奮い起こして外出、用事のあとでやたらと食事と買い物をしないと気力が回復しなかったが、これが原因か。

たぶん、気力が回復して、やっと体調のほうの低下も身体症状になって現れたのだね。

2.

仕事の連絡、プライヴェートの連絡。それぞれ話が紛糾した。

どちらも怒りをオブラートにつつんだ書き方をして、一度散歩。

片方は、翌日の再開を提案、片方は二時間後の夕方から再交渉。うまく敗けるべきところで敗けられた、謝ることができたから、人間関係のスキルはこの何年かで上がったのだろう。

なにも考えずに勝利を繰り返し、たまに手酷くしっぺ返しを喰らう。そんな日々よりも今日のほうが生産的。だが、疲れる。

世間のひとは、この疲れを繰り返しながら生活しているのか。深く生きるって難しい。

こちらが頭を冷やす必要があるときには、向こうも頭を冷やす時間が必要なわけだ。

それは無駄じゃない。そう信じるしかない。

2010年4月5日

mixi と twitter と

mixi

考え事をしていて、ノートを繰ったらこんな文章があった。

二度と筆名・虚名というペルソナに支配されたくないから、ありえないような ** とか Gazer とかに変えたのだが、なんだか昨日はよくわからない…… (以下判読不能)

** はある場所で使っている名前。これは伏せておく。明治の文士を気取ったような雅号をつけたら、定着してしまった日の記載だ。

さて、Gazer の名乗り、どうしようかね。そんな名前でトピックに書き込むからいけないのだけれど、呼ばれると面はゆい。お師さん とでも書いてみようかと、しばし血迷ったが、それでも呼ぶ人は呼ぶような気がする。

本名、もしくは正式な名乗りに変えるかと迷っている。決心がつくまで、コミュニティへの書き込みは控えよう。

追記 : 4,5日は控えたが、いまは控えていない。そして なかがわと呼んでくださいとも書いたが、やはり Gazer (さん) と呼ばれる。しかたがないね。mixi 用の名前をひねり出すように気分が向かないかなぁ… (4月12日)

twitter

だから、コミュニティを作ったり参加するのと別の場所として twittter を捉えているのだろう。あまり色々と多方面の話題に反応するなよ > 自分11:58 午前 3月 29, 2010

人により、参入時期により考えが違うだろうから、プロフィールに今の考えを書いてみた「twitter は単一のコミュニティじゃなくて、個人の付き合いと告知/観測の場と捉えています」01:18 午後 4月 03, 2010

コミュニティと思えば、フォロワーが増えてほしい。乱立する掲示板と思えばフォローを増やしたい。そんな感じ ?01:51 午後 4月 03, 2010

日本語の スピリチュアル を何の衒いもなく使う人との交際が最近増えた。

自分を見つめるような思索は好きだ。独善に陥ると困るから、たまに公開する。だが自分を慰め、他人を安らがせるような言葉として スピリチュアル を使う人や 団体 は好きではない。安らぎは昼間の宗教、生活、日常に求めておけと思う。つまり日本語の文脈の スピリチュアル は嫌い。

さきほど、twitter 検索で #Jung をみたら、英文記事では ユングがそれに当たるのかとうんざりした気分になった。馴れ合いに堕した ニューエイジ の流れがアメリカに残っていると考えれば仕方がないが。

日本だと、まだきちんと思索をしている人はタロッティストに居ると思ったのだが……

将棋指しや麻雀の世界では (20年ほど前) 「アマチュアの矜持」といえばそれ以上の説明は要らず通じたのだが。時代なのか世界が特殊なのか、ヒトに説明するのに適当な文章がなくて困る。「謙遜なさらずに、いっしょに勉強してプロになりましょう」と言われても (苦笑) #tarotJP12:51 午前 4月 04, 2010

プロは勝つのが仕事、アマチュアは勝率よりも研鑽が大事01:03 午前 4月 04, 2010

こんな一文を書いたら、それきり #tarotJP への投稿がなくていやな気持ちになっている。偶然であってほしい。

個々人としてきちんと話せば、みな思索をする人で、逃げ場を求めて批判を怖れたりしないはず。

twitter にそんなもの求めていないよ、と言われたら仕方ないが

2010年4月3日

小ネタ : 誤植発見

この漫画を入手して二、三週間。

少なくとも 5 回は、このページを見ているのに、さっきはじめて気づいた。

あんな いい子だったさら

古本で入手した、2009年10月25日付け初版一刷

追記 : 転居のせいで前編がないのに、上を書いたあとで、再度、この7,8巻を読み返してしまった。

さきほど、今年に入ってからの当日記を読み返し、岩月君の苦悩は、相手を飲み込んでしまい自分が変わらないことへの怖れなのだと思った。

漫画家は表現者だから、その危険を人よりも早く感じるのだろう。あるいは近頃になってやっと感じる私が鈍いのか。

Re: 家庭教師 vol.9

ブロガー、エラー bx-pwlsr7

昨日付けの記事を編集後、blogger.com がエラーを出してくれた。

携帯からの写真送信をするのに設定を前後したせい、もしくは携帯の写真を含んだ HTML を手で編集したせいでデータを壊したかと蒼ざめた。二時間ほどゴチャゴチャするうちに、エラーコードを含んだ検索結果に段々と声が集まってきた。

ほかにも同様の目に遭っている人がいるならばタイミングの問題だろう。データが壊れていた場合に備えて、私も被害者の名乗りをあげて修復希望リストに名を連ね、しばらくして眠った。

六時間後に起床。エラーは解消されていた。保存すらできなかったはずの記事は、草稿として保存されていた。

技術者はエラーリポートに詳細を書かないと意味がないと考える。だが、動かないぞ、ばかやろう という抗議がリアルタイムに集積するだけで情報の価値が発生することもあるのかと感じ入った。

Re: 家庭教師 vol.9

せっかくだから、文章構成に紛れて書かなかった昨日の詳細。

目黒の図書館で、館内地図をみてどこに見処があるかという意見をいうのを堪え、好きに行動させた。

一度、喉が乾いたときの対処を訊きに探しにこられたほかは、120分間好きに本の森に遊んでいた。

ひとりで本棚を周りながら考えた。本との出会いをプロデュースしながら、好みを押し付けないという自制はどれだけ大変か。押し付けるというエゴが、自覚して排除することをいくら繰り返しても残っていると。

図書館を出てしばらく、ちと不機嫌になっている自分がいた。夜の教科別の指導では、今まで以上に関われた。

今年にはいって、人が人にコミットする覚悟について考えている。馴れ合いや同化の押し付けでもなく、腰が引けて逃げるのでもない、互いに変わるという覚悟。

ためしに commit を使って英文を作れといわれると、自殺や犯罪くらいしか浮かばない。そらみろ、我々欧米人だって、個人としての自覚をもって行動するようになったのは最近なんだと言われました。なるほど神様を差し置いて、自分で決めるのがコミットですからね。

原文は河合隼雄 、記憶から再構成しているので、文責は私中川

2010年4月2日

娘の家庭教師 vol.9 (志望校見物)

一週間の春休み。志望校見物に行ってきた。

風水の心得はないが、凛とした風情の大樹が立ち並ぶ周辺がとても気に入った。先日、大門の辺りの街路樹がみな精気なく感じたあとなので尚更だ。

娘には 根拠はないが、空気を味わい、その土地に愛着を感じることができたらきっとうまくいく とか語った。

学校の隣には八雲図書館がある。

世田谷区も蔵書が豊富で助かっているが、目黒区も素晴らしい。(二、三年前に青山の図書館に休んだときも、なかなか街の個性が出た、良い品揃えだった)

私が中高生のころ、三十年前には東京の区立図書館は 区内に在住、通勤、通学の方のみが貸出券の登録をできます という縛りがあった。今はないようだ。

2010年4月1日

とりとめなく四月一日を語る

1.

空の色に奥行きを感じる一日だった。夜から十一日ぶりの春の嵐が訪れたからかもしれないが、なにか良い予感を感じる。

2.

昼前から、期限が迫ったり過ぎたりした本を読んでいた。16時過ぎに読了して、図書館に返却。

参考図書として書いてあり、興味を惹かれた本を一冊借り、二冊予約。気が変わらなかったら読むつもりの参考書がノートに6冊たまった。半年ほど前に始めた、河合隼雄の軌跡を追いかける旅が、まだ続いている。

3.

図書館で、精神病院の社会史 を流し読み。

東京ローカルな資料の集積の向こうに、いわゆる精神病患者と社会の関係が通時的に立ち現れる。

4.

明日、明後日と神保町は古本祭りだそうだ。あさって土曜日に行こう。

今日は、19時では狙いの書店がどこも休みであることを確認したのみ。あとの約束までの時間つぶしが目的だから良いが。

5.

神保町から淡路町の交差点まで、靖国通り沿いにスターバックスが計五軒あった。

薄々感づいていたが、やはり多い。気の利いた作家なら、すれ違いのシナリオが書けそうだ。

6.

近所に一週間の出店を開いていた PC ショップで、昨十月頃に 700円で贖ったキーボードが。早くも使い物にならない。左 Shift キーを押すと、戻ってこなくなる率が高すぎる。

秋葉原に英語配置のキーボードも豊富な店を、前に従兄に教えてもらったと行ったのだが見つからない。ソフマップの中古店で、店頭ジャンクな DELL のごつい日本語刻印のあるキーボードを 100円で入手した。現在使用中。ふむ、安物よりも、ジャンクでもまともなもののほうが使いやすいや。

ファッションだか、格好良いのか知らないが。ひらがなを刻印していないくせに日本語配列 ( Shift + 2 が 「"」 ) というキーボードがいくつか出ていた。詐欺だ、騙されて買いそうだ。[Full width / Half Width ] という、見慣れないキーに気づかなかったら、本当に危なかった。

註 : [半角/全角] のこと。私ならば [us/JP] と訳すな

秋葉原を離脱寸前、Flexible Keyboard という耐水性に優れたものを 630円で発見。購入したが、私はいま膝の上に置いて使っているんだよなぁ。上述 100円中古が無保証だったし、リスク管理として妥当な判断とはいえ。( @あきばお〜二号店、店頭)

7.

まる三週間ぶりに、血縁以外の個人と会った。

その間に仕事の打ち合わせ (面接) として二人会って、なまじな初対面よりもよほど突っ込んだ話はしている。しかし、まだ個人と話したとは言い難い。

2時間ほど酒をのみ、ざっくり別れる。余分なものがなく、余韻のある時間を過ごせた。

8.

帰路、京王線のなかに広告を見て、 債務整理専門法人 なる業種の台頭を知る。キッズルームの存在と広報に、若い母親が主要な見込み顧客なのだと感じた。

2010年3月29日

近況 (ひょこひょこと仕事探し)

先週の面接の結果がこない。

先週の木曜日に電話をすると 二次面接の上流会社に書類を提出して選考待ち フェーズだった。あの案件、もしも参画するならば可及的速やかに前の担当者と密に打ち合わせて引き継ぎをしたり、ドメイン(=業務)知識の予習をしないと開始できないはずなのだが。四月には第二をフェーズを開始したいという話だったのに、そんな悠長なことで良いのか ?

それで仕事が遅いと言われるような職場は願い下げなので、他の職場も手段を選ばずに探すことにした。

いや、昨日に立ち読みした漫画の科白に反発したのが気持ちの上で大きい。この連載は読んでいないのだが、目に止まった。

お前は弱い。守ることなんてできないよ

俺は強くなければならないんだ!

いや、うろ憶えです。村枝賢一Z-END

読んだ直後に携帯にメモった。やらないといけないことをやるだけで、強い・弱いは結果論だろう

思えば、子供の頃からさまざまのフィクションを読んで、主に日本の漫画から 強くあらねばならない と洗脳されていた気がする。

強くなくても良い。成果を他人が評するときに 力がある , 強い などという言葉になる。それは本人には関係のないこと。

そんなことを考えていたら、体が勝手に職探しに動いていた。脱・鬱症状かもしれない。

ちかごろ読みふけっている河合隼雄氏の生前の評価・インタヴューに頻出する 好転することを信じ、しかし急かさずに待つ という言葉を自分の姿勢にしようとしたとき、自然とそうなっていた。

自分が混乱しない程度、三ヶ所に書類を送ってみた。これで今週は様子見。

手法と文化

twitter で、占い師として有名なアレクサンドロ原田氏の呟きをみた

alx_hrd: ウエイト版だけやってタロットカードを分かった気になってしまう事がどういうことかと、最近強く感じます。芸事でもクラシックを学んだ人程コンテンポラリーで実力を発揮するように。 #tarotjp #spiritualjp |03:17 AM Mar 29, 2010|

alx_hrd: かといって「ウエイト版は邪道だ」と言うガチガチの偏り過ぎ古典主義もどうかと思います@ #spiritualjp #tarotjp |03:33 AM Mar 29, 2010|

twitter で占いに関する発言はすまい、と思っていなかったら。きっと反応して浅い発言をしていただろう。原田氏は百も承知の内容、そして他の方には偉そうにしか思えない発言を。

占いにしか興味のない相手に、西洋文化全般を学べといっても詮のないこと。入り口として古典の図柄のタロットを勧める。それは正しい。

コンピュータ言語に関しても同様。スクリプト言語も良いけれど、まず C から学ばなきゃ , いや、C やるならアセンブラだろう この手の発言はよく見る。私より10歳ほど若い技術者から、C を学んだことのない技術者は未生以前 というニュアンスの発言を聞いたこともある。

表層ではなく、ハウツーではなく文化を学ばないと、一定の段階から先に進めない。本当に言いたいのはそれだけなのに、人はどうしても自分の辿った道を人に示したくなる。悪くはない。実績はあるのだから。でも、他の道もある。

私も先だって、Linux / Windows で java から学んでいる人に BSD 系 unix という文化を勧めようとしたな。一歩間違えると、押し付けると 老害

そう考えると、東川氏の作品 にあった まさかオランウータンが侵入して殺したなんてことはありませんよね。ミステリとしても三流ですよ 君、本当に探偵小説研究会か ? というギャグは深い。

2010年3月28日

読書記録 03-28

ユダヤ五〇〇〇年の知恵

図書館から電話がかかってきた。延滞している本のうちの一冊に、次の予約が入っているから早く返してくれと。

挙げられた書名が、日本に住んでいる (いた ? )ラビの書いた ユダヤ五〇〇〇年の知恵 (トケイヤー 1971) だったのが意外であった。ちとユダヤの宗教・歴史のさわりを確認しようと考えたのが昨年末。世田谷の図書館すべてに一冊しかないこの本、現在貸出中だが、他に予約も入っていない。すぐに読めるだろうと予約してから3ヶ月待たされた本だから。

むかし、実業之日本社から出ていた版で読んだはずだ。いろいろと収穫があった。自分の知恵として消化している部分がいくつかあると確認できたという意味で。

ここに死体を捨てないでください !

ちょうど一年ほど前に、東川篤哉氏の作品をすべて読んだ。ユーモア、ドタバタでありながら偶然に頼らないのが素晴らしい、と書いた。ミステリマニア向けの小ネタも多く仕込みながら、とくに素養のない人にも読めるのがまた良い、と書いた。

その最新、昨九月の刊行。デビュー作の烏賊川市シリーズ。

今回、私に響いてこなかったのは、ちと興味範囲がずれてきたからだろう。それでも読んで損した気はない。

カンナ

高田氏の「カンナ」シリーズ (「Q.E.D.」からのスピンオフ作品) 、昨年夏に最初の2冊を読んだから、書店で見てずっと続きが気になっていた。

十四番目の月

読みかけで中断して長かった、 十四番目の月 (海月ルイ 2005 ) を読み終わって図書館に行こうと掛かっていたら、上記の電話がかかってきた次第。

謎解きに鈍くなったのかな。最後の謎解きで そこにつなげるのか とうなってしまった。

すべての伏線・手がかりが、これが真相を解明する材料だろうと意識していながら何一つ関連が掴めなかった。素晴らしい。

このレベルの驚きを与えてくれる作品は、そう沢山はない。

蛇足

むかし あなたが読んでいるのだから素晴らしいのかと読んでみたが、大したことがないというのが続いたから、もう良い。 と愛想を尽かされたことがある。

私の読書は、濫読から始まる。中で心に残った本から例を引き、文章を引用する。気に入らなくて語らない本はいくらもある。借りたり入手したが、顧みない本はもっと多い。

そんなことが近頃思い返されるので、読んだ本の全てを挙げるのはやめようと決めた。

良かった本のことも全ては語るまい。人間、生身で話したときに多少の驚きを提供できたほうが良い。

2010年3月27日

読書 (シリアスな漫画)

古本屋で出会ったISBN4-7780-1035-3 を読んでいる

私からはいま一番親しい認識の、親との関係を消化しきれていない感のあるヒトに読ませたくなった

第一話が離婚した父親と娘、その恋人の関係の話で、意図しない含みをもって読まれると困るから、自分から直截に勧められないけれど

2010年3月25日

jfbterm uim-fep screen

2日前の記事に加筆して独立させた。

jfbterm と screen

jfbterm から screen を起動したときに、termcap の情報がロックされるのか、less , lv などが文句をいったり、mutt が暴走したりする。

何度か設定を工夫していたが、やっと満足のいく設定ファイルができたので公開する。

$ grep jfb .aliases
test -x /usr/local/bin/jfbterm  && \
alias jfb="$HOME/bin/jfbterm.wrapper"
$ cat $HOME/bin/jfbterm.wrapper
#!/bin/sh -euf
#
#   $Id: jfbterm.wrapper,v 1.2 2010/03/24 20:11:03 yaemon Exp $
#

if test ! -x /usr/local/bin/jfbterm ; then echo "not exist jfbterm" 1>&2 exit 2 fi . $HOME/dotfiles/.env.UTF-8.FreeBSD SCREENRC=$HOME/dotfiles/.screenrc.jfbterm ; export SCREENRC exec /usr/local/bin/jfbterm
$ cat $HOME/dotfiles/.env.UTF-8.FreeBSD
# $Id: .env.UTF-8.FreeBSD,v 1.7 2010/03/24 19:34:42 yaemon Exp $
LANG=ja_JP.UTF-8 ; export LANG

export COLORTERM TERM=xterm-color SCREENRC=$HOME/dotfiles/.screenrc.xterm ; export SCREENRC
LC_COLLATE=C LC_MONETARY=C LC_NUMERIC=C LC_TIME=C LC_MESSAGES=C export LC_COLLATE LC_MONETARY LC_NUMERIC LC_TIME LC_MESSAGES
# for jman use if test -x /usr/local/bin/jman ; then JMAN_JA_NROFF='LANG=ja_JP.eucJP /usr/local/bin/groff -S -Wall -mtty-char -man -Tnippon -dlang=ja_JP.eucJP' export JMAN_JA_NROFF if test -x /usr/local/bin/lv ; then PAGER=lv ; export PAGER fi fi if test -x /usr/local/bin/lynx && test -r $HOME/.lynx/utf-8.conf ; then LYNX_CFG=$HOME/.lynx/utf-8.conf export LYNX_CFG fi
$ cat $HOME/dotfiles/.screenrc.jfbterm
#
# $Id: .screenrc.jfbterm,v 1.5 2010/03/24 19:34:42 yaemon Exp $
#
chdir
defutf8 on
encoding UTF-8
# term jfbterm-256color
term jfbterm
nethack on

$ tail $HOME/.bashrc
if test $SHLVL -eq  1 && test "$LANG" != "C" ; then
 . $CONFDIR/.env.locale.C
fi

if test "$TERM" = "jfbterm" ; then TERM=jfbterm-256color fi

ログインシェルに余計な環境変数を持ち込まないように工夫すると wrapper が必要になった。

通常は、アクセスしたらもうターミナルの状態が変わらないから、コンソールやリモートログインに合わせ = 環境変数 LANG に合わせて環境を変えるだけで良い。基本、言語と OS に合わせた設定ファイルは .bash_login や .login で読み込んでいる。

今回は、xterm でもないのに 日本語、ということで不正規な処理になっている。

FreeBSD 以外で jfbterm を使うときのためにもうひと工夫したいが、今回は見送り。

jfbterm と uim-fep

2日前、やっとコンソールで日本語が入力できるようになった。

uim-fep をいれてからずいぶんとかかった。

最大の敗因は、Alt + Space での切り替えにこだわったこと。いくら設定ファイルを試行しても変わらない、いやどうもデフォルトでもそうらしいと調べたが、私の環境では Alt + Space が何かにフックされて uim に届かない。

そして英語キーボードとして使っているから、もう一つのデフォルトのキーバインドの [半角/全角] は存在しないし。起動しないよね。

Alt + Space が何にフックされているのかは調査打ち切り。 jfbtermX のライブラリを使っているから、X で普段使いしている設定が怪しいと .xinit で読み込んでいる設定ファイルを調べたり、無効にしたりもしたが、それでも Alt + Space は uim-fep に届かないとしか分からなかった。

次の敗因。uim 付属の README.fep に screen を使用する場合は… という説明があってそれに従おうとしたこと。歴史的な経緯で残っている記載だろう( 旧名 : screen-uim ) が、 jfbterm を起動して、自分で uim-fep を起動してから screen 動かすと、ふつうにそれぞれの窓で日本語が入力できる。

jfbterm から uim-fep や screen を自動起動しないのは、趣味と使い方の問題。日本語を表示したいけれど、書く必要がない日もある。

いっとき、jfbterm が動かなくなった という愚痴をこぼしたことがある。

$ jfbterm 2> logfile と起動してわかった。/usr/local/etc/jfbterm.conf (私の環境) の video.mode 指定をねぼけてコメントアウトした日があるらしい。

jfbterm デフォルトの解像度 800x600 で動かなくて、1024 x 768 だと動くグラフィックカードというのも不思議な気がするが、逆よりは宜しい、と書いておこう。

解像度と色数は、/var/log/Xorg.0.log を参照してやっと正常に指定できた。

Xorg の設定ファイルをみたら、いつのまにかフォントサーバ xfs を使わなくなっていた自分に気づいたりする。これが原因で、Thunderbird 2.x の文字がふと横に間延びしていたのか。( Thunderd を 3.x 系統にしてから気づいた、ので未検証だが )

$ cat $HOME/.uim
(define-key generic-on-key? '("<Control>\\" "<Shift> "))
(define-key generic-off-key? '("<Control>\\" "<Shift> "))
(define-key anthy-on-key? 'generic-on-key?)
(define-key anthy-latin-key? 'generic-off-key?)
(define-key generic-cancel-key? "<Control>g")

2010年3月23日

Gmail / mutt まとめ (「PC 設定メモ」から改題)

最新記事も読みやすくなって、やっとまとまった。過去記事と重複あり

.muttrc にすべてのアカウント情報を書く手段も Web で見たが、私は別ファイルにした。

パスワードに使っている文字のなかに、初期設定としてだと指定できるが、切り替えに使うことができないものが含まれている、なんてことがあるかもしれない。

$ alias | grep mutt
alias official='/usr/local/bin/mutt -F $HOME/.muttrc-official'

↑のちに、一度の起動でマルチアカウントできることが判明

$ cat $HOME/.muttrc
# for mutt-devel ( higher then 1.5.20 )
# $Id: .muttrc,v 1.5 2010/03/16 00:19:47 yaemon Exp $
#
source ~/dotfiles/.muttrc-common
source ~/dotfiles/.muttrc-gmail
#
my_hdr X-(お遊びヘッダ): (いくつか)
my_hdr From: NAKAGAWA Tsuneo <yaemon.the.tank@gmail.com>
#
set imap_user="yaemon.the.tank@gmail.com"
set imap_pass="(なんだろうね)"
set smtp_url="smtp://yaemon.the.tank@smtp.gmail.com:587/"
set smtp_pass="(imap_pass と同じ値)"

.muttrc-official も書いてる情報の項目は同じ

# .muttrc-common は長いので、適当に抜粋。
# 日本語パッチではなく、本家のものを使用していて動くのが素晴らしい
# 環境変数 LC_MESSAGES を使って表示メッセージは原文で使うけれど
set alias_file=~/.mail_aliases # where I keep my aliases
set allow_8bit   # never do Q-P encoding on legal 8-bit chars
set mime_forward  # use message/rfc822 type to forward messages
set pager=lv # some people prefer an external pager
set pager_index_lines=6  # how many index lines to show in the pager
set print_command=/bin/false # how to print things (I like to save trees)
set envelope_from=yes # use From: to envelope-from
set timeout=0   # timeout for prompt in the index menu
set use_8bitmime  # enable the -B8BITMIME sendmail flag
set pgp_verify_sig=yes
set visual=vim   # editor invoked by ~v in the builtin editor
source /usr/local/share/examples/mutt/gpg.rc
$ cat $HOME/dotfiles/.muttrc-gmail
set hostname="gmail.com" # my DNS domain
mailboxes imaps://imap.gmail.com/inbox
# set  imap_passive=yes # yes is default
set smtp_authenticators="plain"
set ssl_starttls
# set move=yes #  /* ローカルに保存してしまうことが判明 */
set move=no
set delete=yes
set folder='imaps://imap.gmail.com/'
#
set spoolfile='+INBOX'
set postponed='+[Gmail]/下書き'
set record='+[Gmail]/送信済みメール'
#
# gmail の設定として日本語を使っているのが間違っている気もする
macro index gi "<change-folder>; =INBOX<enter>" "Go to inbox"
macro index ga "<change-folder> =[Gmail]/すべてのメール<enter>" "Go to all mail"
macro index gs "<change-folder> =[Gmail]/送信済みメール<enter>" "Go to Sent Mail"
macro index gd "<change-folder> =[Gmail]/下書き<enter>" "Go to drafts"
#
# mutt のメーリングリストを読んで、下の記述方法を憶えたのがうれしくて今日は日記に書いた :-)
folder-hook  INBOX 'push "<limit> ~d <2d ~N<enter>"'
folder-hook  すべてのメール  'push "<limit> ~d <2d ~N<enter>"'

2010年3月22日

狂気は相対

1.

社会に適応できない症状を狂気といい、本人が生活できないと周りも困るから治療対象となる とは前から常々言っている。

人の精神/思い込み。奥深く踏み込めばそれぞれ個性がある。言い換えれば差異。それぞれの能力の配分にも影響されるが、同じ能力配分でも培ったものが違うだろう。

誰に、どこまで明かすか 、それを信頼とか *情とか呼ぶ人もいるだろう。深く明かせば、それぞれに差異が出てくる。

差異を認め、違うものとして認める、あるいはすり合わせて同じ世界観にする。いわゆる 、その根本の動きだ。

どんなに差異が小さくとも、相手に対する興味 = 愛を失ったら、もう擦り合わされることはない。

片方が 違うものとして受け入れた ときに、もう一方が 世界観を共有できた と錯覚すると、徐々に人間関係に亀裂が入ったりする。生身の人間ではなく、会社や社会、国家でも。

ひとむかし前、精神分析医の岸田秀氏が、世界観のことを 共同幻想 という名前で呼び、広めようとしていたな。内容はだいたい同じ、と思う。サワリしかかじっていないが。

会社に不適応な技術者が 周りから気違いを見るような目で見られる とこぼしたことがある。社風という名前で呼ばれる世界観から外れていることを隠さなかったら、そのコミュニティの中では気違いと認定される。当然のはなしだ。

2.

ひさびさに、脳梗塞の後遺症で片言しか口にすることのない父と話してきた。酒を携えて。

理系のセンス、能力をどれだけ常用しているか。言葉の選び方にもたせた意味の重さをどれだけ受け取ってくれ (ている気がす) るか、逆に受け取った(気がする) か。そこで響きあえる相手が、理系センスのある文系集団である 東京銀行 (1950頃〜1990頃) という選別された空間でどれだけ居たか、と。

名前を挙げられるほどに少なかった。そんなものだろう。社内 2〜3千人とつきあい、片手の指で足りる。

異端とはそういうことだ。それを社会にすり合わせ続けた父を、心から尊敬する。

3.

2月から小学5年生の勉強をみている。

歴史をみて、定説はそうだが実際はココまでしか証拠がなくてあとは推測だ、なんて与太を飛ばしたりする。地球温暖化の原因にも異論があることを話したりする。常識はこうだ、という話もした上で。

高田崇史や井沢元彦から受け取った理屈を、日本の気候の話から、花といえば桜か梅か、管原道真はなぜ神として祭られたかなんて話の根拠にしたりする。

文化はそれぞれ類似する。共通したものを挙げれば連想が働き想起しやすくなるかと思うから、話はどんどん拡散する。共通と差異とを同時に話す。

算数は思考ではなく技能だ、なんてことも平気で言う。いや、観察させてもらい見つけた (=教えられた) のかな。

仮説ばかりの学校の勉強から、なにを正しいと信じたら良いのか と問われる。むろん答はない。ただひとつ言えるのは、算数/数学 だけは大学に行ったからとて習った内容を覆されることはない。数学が正しいからではなく、正しいという概念は中世以降数学を基盤としているからだ。そんな話もする。それ以前からの人間の思考形式、宗教や哲学、世界観については未だ語らない。

宗教や哲学といま書いたが、宗教は世界観そのものであり、哲学は世界観を分析する学問かな。

2010年3月20日

blog / mini blog / 事件

ミニブログとブログ

水曜日を境に、いままで10ヶ月半のあいだ熱中していた ミニブログなコミュニティにさっぱりコミットしていない。理由はさておき、こんなことを書いた人がいるそうな。

つまり「Blogger」の開発に関わったメンバーによって、そのブログサービスが世に 隆盛し始めた頃には、すでにTwitterは構想されていたということになる。

blogは予め死んでいた。

ミニブログの言葉は文脈のことば、思考をみんなで紡ぐもの、という感覚が前からある。対してブログは、個人の紡ぎ終えた思索を発表する場として構想された。

ギリシャ神話、物語、宮廷詩。作者という存在はない。記録したひとの名前は残っていても。

語り部は集団であり、流れの中から場全体を流れる根底の思考が言葉になって顕れてきた。それは夢に似ている。無意識と表現しても良い。語り部とはそういう役割だ。

近代になり、自我が確立してから、個人の思考が個人の名前において語られるようになった。デカルト以降 とよく表現されるが、実際には自我の意見が表明されるという現象が先にあって、それを考察して文章に起こし、現在に残った初めての思想家がデカルトなのだろう。どうでも良いが。

近代「知」=自我と親和性が高いのが blog であり、語り = 無意識 と親和性が高いのがミニブログ (マイクロブログ)。どちらが優れているわけでもなく、そんな分類ができる、かもしれない。私の周りは観察したところ、そんな感じ。

会話よりも意見表明のほうが、技術的なプラットフォームの構築が技術的に楽だし、先にシステムができあがる。なんの不思議があろうか。優劣ではない。

炎上

ふと、小田嶋さんが小田嶋節を展開しているのに久々に出会った。

おそらく21世紀のコラムニストにとって、最も重要な資質は、炎上の火加減を調節する際の手際なのだと思う。まあ、一旦燃え上がってしまったら調節もへったくれも無いわけだが。

われ、それでもクジラを愛す

炎上という言葉には負のイメージしかないが、たまに素晴らしいものが産まれることもある。火加減は調整できないが、意識のもちかた一つであとにつながる事件が起きたりするよね。

なんてことを考えていたら、読んでいた本にそっくりの記載があって笑ってしまった。

それは試問というよりは対決に近い様相になった。しかしながら、その間にJ女史は何度も事態を柔げようと努力し、陪査として同席していたフレイ先生は、場をとりなすような発言をしてくれ、私自身も何とかスムースに事が運ぶようにと努力するのだが、駄目なのである。それは雪道でスリップを始めた車のように、いくらハンドルをまわしても運転者の意図を無視した暴走を続け、衝突を避けることができない

(略)

多くの人は私が失敗したことの自己弁護をしているとしか思わないだろう。決定が下されるまでの幾日かを私は全く憂うつな気持ですごした。一時はJ女史に和解の手紙を出そうとさえ思ったが、どうしても書けなかった

(略)

ミスターカワイ、あなたは今まで何事もあまりスイスイとやってゆくので、イエスマンではないかと、われわれは危惧していた。しかし、最後になって研究所を揺るがすほどの大きい No! を言ってくれた。これで、われわれは安心してあなたに資格をあげられると思いました

(略)

後に河合氏は、フレー先生と資格試験のことについて話し合った。

(略)

またフレー先生は次のようにも言った。資格を取得しようとする人は、教育分析の過程で一度は相当な危機におちいる。そしてそれを乗り越えることが大切なプロセスなのだ。ところがあなただけは一度も危機におちいることなく成長してきた。とても不思議だった。しかし、一番最後の段階になって、あなたは大変なデプレッションを体験した、と。

(略)

これらすべてのことが、まるで私という人間が(略)一人立ちしていくためのイニシエーションの儀式として、巧妙に仕組まれたものではなかったのかとさえ感じたのであった。

すべてのことが、あまりにもうまくできている、とマイヤー先生に報告すると、まったくうまくできてるねと満足そうであった。そしてところで、そのすべてをアレンジしたのは誰だろう、と河合氏に問いかけた。マイヤー先生は言葉をついで、私でもないしお前でもない。ましてJでもなく研究所が仕組んだのでもないと言った。しばらくの沈黙後、誰がアレンジしたのだろうかと再び問いをくり返したが、それは自分自身に向かって発せられているようでもあった。

(略)

大切なことはこのようなアレンジメントが存在すること、そして、それにかかわった人たちがアレンジするものとしてではなく、渦中のなかで精一杯自己を主張し、正直に行動することによってのみ、そこにひとつのアレンジメントが構成され、その意味を行為を通じて把握し得るということであろう。

河合隼雄 心理療法家の誕生 (大塚信一 2009) p.325〜330

引用としてはあちこち表記がおかしいけれど、すべて ママ です。いちいち書きませんでしたが。

なんというか、自分で炎上を起こしたり支配したりできると言わざるをえないところが、コラムニストという の商売の限界。事件って、起こそうと思って起きるものじゃないだろ ?

私とミニブログ

というワケで、口はばったい言い方をすれば、 として向き合わないといけない事件の渦中にいるので、集合的無意識に巻き込まれたくないので、しばらくミニブログサービスを離れている。アクセスしたくない。そういうこと。

性格というか体質というか、巻き込まれやすい個性の持ち主だから離れているというだけの話。誰もが重要な決断を必要とするときに、ミニブログを離れないといけないわけでもない、と思う。

時がくれば戻る。良くも悪くも、決着がつけば戻る。きっとね。

2010年3月18日

生存報告

生存報告だけしておく。

火曜日は仕事の契約ができるかどうか、お話にいってきた。

挨拶もせず、名刺も渡してくれずにしばらく放っておかれて、却って闘志が湧いて自分を売り込んできた。

水曜日は一日、眠っていた。

望みは薄いが、火曜日の話で書類が請負の上にあたる会社に通って面接に行くとしたら今週・来週。上下の揃った背広をクリーニングをしておかないといけない。

仕事関連の連絡に備えて、メールは読んでいる。mixi は、連絡を mixi からしかメッセージをくれない同窓生がいるのでログインしている。twitter と facebook は、前から投げっぱなしだ。

あとのコミュニティは、ごめん。いまこちらから情報を読みにいく元気がない。通知がきたら反応するから、許して下さい。いや、この日記が読めているなら著者として表示されている gmail アドレスに連絡してください。

RSS リーダに登録した友人のブログは読んでいるよ

2010年3月15日

読書 (児童書)

離れて暮らしている娘の教育で、2週間に一度図書館に連れていくというのをはじめた。

学校の授業内容に関連している本を一冊、ほかに興味惹かれた本を四冊。借りるときにチェックする、というルール。2週間で読むか、少なくとも手をつけること。

十日前に娘が借りた本の中で、感想を訊いて私が知らなかったと言ったら読めと渡されたのが ISBN4-569-68246-4 かくれ山の冒険(富安陽子 2000 )

きみは、ネズミなんかにすかれるのは、いやだろうね

え ? なに ?

尚は聞きかえしました

いやかもしれないけれど、ぜひ、これだけはいっておかなくちゃ。つまり、おれは、きみがとってもすきだっていうこと

トリックスターと主体の関係って、こんな感じが良いのだと思う。好きなシーンのひとつになった。

2010年3月13日

調弦推理

乾くるみの小説シンクロ推理 というのがある。

いくつもの原因がもとで、不可解な状況を考えるうち。探偵本人にも説明しがたい直感が働き、個々の原因と結果の複合として捉えることができる。特殊な認識力だ。

読んでから半年ほどして、ちかごろ 調弦推理 とでも言える認識の働きを考えるようになった。なに、私がニブかっただけで、たいがいの人が無自覚にやっていることだ。

心に残る言葉、気になる出来事があったとき、人は何度も思い返す。引っかかる

何度か思い返すと、無自覚・未言語な領域に、いくつもの仮説が現れる。するとリアクションはいくつかの仮説に対応し、どれにでもうまく答になるようなものになる。

外界からさらに反応が返り、そこで仮説のいくつかが絞られる。だんだんに絞り込まれて、残ったものがある日ある時 認識 として降りてくる。

言語で説明されたものではない。思い込みかもしれない。だがそれは往々に正しかったりする。

また口に出して言っていることの裏にも、本人が自覚している、していないに拘わらず、まだ絞り込めていない他の可能性を残していたりする。

直截の言葉で伝わらないものが、そのようにして伝達されるということが興味深い。

翌日、追記

なぜ 調弦推理 という名前で思いついたのか書くのを忘れていた。

人がいくつもの仮説を並行しながら事象に接するさまは、倍音を感じながら絞り込んでいく感じに似ている。弦の震えに対し、半分の位置、四分の一の位置をピンポイントで押さえるように接しているようだ。

すべてを押さえて、性急に仮説を完全に絞り込もうとすると反応がなくなる = 音が響かなくなるのも同じだ。

間違った位置を押さえると、不協和音が響く。

2010年3月9日

言語処理学会 NLP2000 -前夜-

退役状態の私だが、ひょんなことで 情報処理学会と共同開催 言語処理学会第16回年次大会(NLP2010) の前夜祭、チュートリアルに行ってきた。

講聴したのは、推薦システム -機械学習の視点から- ( 神嶌 敏弘 氏 ) 、ALAGIN フォーラムの活動 ( ALAGIN より若手研究者3人 ) 、「現代思想」と言語 -脳、認知から遠く離れて- ( 影浦峡 氏 )

スリリングでインタレストな一日だったよ、いやもう本当に。

リコメンドシステムの話では、心の叫びが口から飛び出しそうになって、声帯だけは使わずに耐えたが、何人かにはチャチゃとして聞こえたんじゃないかな。EC / Web 開発の現場を離れて2年以上になるのに、知った顔と会って挨拶されるしね。最後のコマに至っては、質問をしたら哲学者の先生に 中川先生 と (胸の外来タグを読んで) 言われてしまった。俺はソシュールとラカンとフーコーの区別も怪しい、一介の技術者。実用の徒だ。

スリリングすぎるネタの話はその辺にして、真面目な感想を書こうか。

リコメンドシステムの話を聴いて

隣席の若い男が、数式を言葉に翻訳したほかは全く資料そのままのメモを、パソコンに Mule で書いていたな。

全般に、聴講者がそんな感じ。資料を調べるなら、わざわざ身体を運ばなくても事足りるんだよ。ここに来て、人間から話を聴くことで、君は何を受け取りに来たのかと激しく糾弾したい。

私が触発されて考えはじめたのは、EC は何のためにリコメンドシステムを作成するのか という戦略。ソムリエ問題 という名称が思い浮かんだ。

アマゾンのように、ロングテイル (裾野需要) を喚起するためにリコメンドするのか。ならば誰でも知っている、メジャーなものは推薦対象から省くべきだろう。それが神嶌氏の言うところの Serendipity -意外性- の提示、リコメンドからアテンダントへ という最終の結論につながる道のはずだ。

聴講者のなかに混乱している人がいたが、新規性 は知りたいと思っている事柄の続報、ニュース。意外性 は隣接分野への啓蒙。 ーーだと思う

論文はモデルの美しさを、仮説を競う。現実に対する評価は、利益の拡大で計られる。シェアですらない。

ALAGIN の発表を聴いて

同じ文脈に出てくる単語は、新しい概念として類義語といえる 単純な、ここまでは誰でも思いつくアイデアを、資料を集めさせ、実証するのにどれだけの手間が必要だろう。

門外漢は プログラムしてあとはコンピュータにやらせたのだったら、楽なのではないの と言う。(いや、私も時々言う。セールストークとして。) でも NICT の人々がこのデータベースを作るのに、40台のマシンを協力して動くように注意深くプログラム組んで、ぶん回して、一ヶ月かかったんだよ。

そのデータを活用するのに、 何回補正作業をしながら、問いなおしをすれば良いか を決めるのは慣れた人間の勘だと割り切っている。そこが素晴らしい。

質疑応答の時間、若い男がした発言に血圧が上がった。サービスが動き出したら、プログラムからアクセスしたいという需要が見込まれますが、それ用の API は予定されないのですか ?

API を用意しろとほざく前に、アクセスするプログラムを、負荷が迷惑にならないように書きやがれ。窓口に API という名前がつけば何やっても良いというワケじゃないだろう、バカ者が。

言語学の講義を聴いて

聴講者のほとんどが、みたところ影浦氏の大学の生徒らしくて笑った。

はい、論文の一つ (次女たち ) を読んでおいてねと書いてあったから、図書館に行って フーコー全集 ( 全7冊 だったかのうちの2冊と、解説本 / ちくま学芸文庫版 ) をおさらいしましたよ。ざっくり20年弱ぶり、ですかね。

フランス哲学、構造主義。識りません♪ ちょうど世代だけれど浅田彰のベストセラーとか読まなかったし (立ち読みで充分)

私が識っているのは、外国語で書かれた内容を認識するのはおもしろい。言葉のひとつひとつを単純に置き換えるのは翻訳ではない。そして心の動きや体験を言語に直すという作業にも同じ過程が存在する という、それだけ。

シニフィアン/シニフィエ という言葉を好んで使う。これはソシュールだっけ (いまやっと調べた) 。

エピスメーテとかアルシーヴとかいう言葉は憶えきらなかったから、近年自分で再発見したときには事象と現実という言葉で表現してきた。

二十代でフランス哲学に出会っていたからエピスメーテを認識できたのか、フランス哲学に出会ったことがなくても自力で発見できたのか。それは誰にも分からない。

2010年3月3日

技術系 ML にて

gmail + mutt の調整がうまくいってきたので、試験的に日本語の技術系 ML をいくつか入り直してみた。

今朝、こんなメールを発見した。

今度、ある部署で、(略)を再構築する羽目になりました。

ボランティア以下の仕事ですが、その部屋は私しかいないので仕方ありません。

ネガティヴな言い方だな。技術の相談にこんな前置きは要らないのに、とふと不快に思った。

たぶん、この投稿者は kikansha.jp で ML に参加していたときから見憶えがある。

あの頃は、質問から解決手段を見つけ出すには技術的にどんな記載が足りないかとか、与えられた材料からどんな不具合の可能性が高いか察知するゲームをしたり、どんな遣り取りをすればほかの技術はあるが興味の薄い参加者の興味を引いて話が建設的になるか、という方向にしか興味がなかった。

人間に深く関わる方法を求めようとして、しばらく技術のコミュニティから離れていた結果、逆に人間を見る目がネガティヴにもなったのは皮肉だ。

自分への戒めを、他人にも適用する必要はないのに。

mutt + imap/Gmail (閲覧)

だいたいの設定はうまくいったが、INBOX だけうまく表示できていなかった。

1万通と2,3千通がはいったフォルダを読み込もうとすると、ヘッダを読み込んだメールの数が満杯になったあと Error: opening mailbox という表示が出て、メール表示のない Index 画面になるのだ。

最新の何通かのみを受信する設定ができないかという方向で調べていたが、解決できなかった。

昨日ふと気づいた。FreeBSD の port ( mail/mutt-devel ) では、mutt デフォルトの gdm を使わずに、bdb ( バークレイ DB ) を使うようにしてある。別の選択肢ならば、tokyocabinet という、いままで私の使っていなかった データベースファイルだ。

ためしに、imap 情報をキャッシュするのに tokyocabinet を使う設定で再コンパイルして、caches ディレクトリを一から作らせてみた。スムーズに使えるようになった。

BDB で扱える制限を越えていたのか… いや違うな。header_cache は単一ファイルなんだ。私が気を利かせて、同名のディレクトリをあらかじめ作っていたのが敗因だ。

tokyocabinet はおもしろそうなデータベースファイルだから、結果オーライでよしとする。

pgp (gpg) 署名と既読管理 ( mutt の常用手段としては、既読のメールは別ディレクトリに移動することで処理を軽くするらしい) が未だできていないが、とりあえず使える状態にはなった。

ここにあった設定からの抜粋は、冗長に過ぎるのでざっくりとコメントアウト。 Gmail / mutt まとめに続きます

2010年2月28日

図書館ログ

いま、4つの図書館からいろいろ借りている。昨日は図書館が処分する、リユース本も何冊かもらった。

ちかごろ、借りたからといって読まずに返す本も多いのだが。読んでから記録しようとすると面倒なことが多いのであらかじめ記録しておく。

amazon から書影をとってくるガジェットもありそうだが、今日は見送り。

どの本をどういう意図で借りたか、入手したかは読みおわってから書こう。

以下は、リサイクル本

娘より借りた

2010年2月27日

娘の教師 vol.4

学校から、こんなプリントをもらったと見せてくれた

算数少人数グループ別学習のお知らせ

一人ひとりが、学習したことをしっかりと理解できるように、希望をもとに習熟度を加味してグループを決めます。

このプリントをよく読んで、保護者の方とよく相談をして、自分にあったコースを決めて下さい。

第二希望まで受け付けます

ルビーグループ
教科書の内容で基本となるものを中心に何度もくり返し学習します。必要な場合は今までの学習の復習も行います。
サファイアグループ
教科書の問題を順番に考えていきます。基本の解き方を習いながら、自分の力で問題を解いていきます。
エメラルドグループ
教科書の問題を順番に考えていきます。自分の力で問題を解き、いろいろなやり方を出し合いお互いに高め合っていきます。

ひと月ほど前、安心していたほどには勉強が分かっていなかったと焦って始めた家庭教師役。

今日は、現在の学校の授業/制度ではどこまで教えることになっているか 調べたり、この学校の授業の進め方、他の生徒の様子など、いろいろと訊く必要があった。

そうとうに暇人で、娘と向き合うのが好きな私ですら。ずっと一緒に住んでいたら、軽く思い込みだけで決めていただろう。

このての話を、きちんと決められる親はどれだけいるのか、とても危惧した。

2010年2月26日

gmail / imap と mutt

送信

誤 : smtp_url = smtps://smtp.gmail.com/ エラーメッセージSSL failed: error:140770FC:SSL routines:SSL23_GET_SERVER_HELLO:unknown protocol

誤 : smtp_url = smtp://smtp.gmail.com/ エラーメッセージSMTP session failed: 530 5.5.1 http://mail.google.com/support/bin/answer.py?answer=14257

正 : smtp_url = smtp://user@smtp.gmail.com

古い情報、遅れた情報がありすぎて、Web の検索はあまり役に立たない。たとえば Port 番号は本家ドキュメントを見るべきだ。

最初に挙げたエラーで検索すると SASL は入れたかい ? という答をみた。ML はそれがあるよね、私も自分と同じ原因を、別の人の別のエラーメッセージに求めた回答をしたことが、かつてある。

SASL がないときのエラーメッセージは SMTP authentication requires SASL

google で解決策がわかる かも しれない。

原因はソースに当たるのが早い。現在目の前にある情況を把握して考えるには

2010年2月25日

テキストベースで生きたい

1.

先週、Thunderbird Thunderbird を 3.x 系統にあげてみた。使いやすくなったなぁ、色々の面で。

しかし、重いや。私のマシンでは ( 1.6GHz , メモリ 1GBytes , FreeBSD , X , fvwm2 , non Gnome ) 、Gmail / imap(s) がことに使いやすくなったのだけれどな。メール溜まりすぎ。

mutt をまたコンパイルしてみた。少しまじめに設定を読みかけている。

$ mutt -f imaps://user@imap.gmail.com/日本語らべる名 で、アクセスできることがさきほど実験できた。本気で設定するつもりが、増した。

メールが軽く読めるならば emacs キーバインドにも挑戦する気はあったが、設定の簡単なGnusでは日本語フォルダに対応できなかった。

2.

しばらく前に書いたわっさー向けのボットを作ろう という話、構想が進んでいる。

アイデアが無いからとりあえず先に作ろうと思っていた、似非占い師ボットよりも、人工無脳ぽく学習をして反応するヤツのほうが、設計としておもしろい。そらそうだ。ややこしいから面白いんであって。

環境を整えて、初期の発言データをごそごそと貯めてなどと考えつつ。ロジックが頭の中にできてから今日で3日目。

いや、およそ使い物にならないほどにややこしいロジックで良かったら、とうからできていたのよ。だんだん、実用的な条件で動きそうなものにシフトしているということ。この3日、アイデアが 考えてもこれ以上は進展していない 確認が取れているのも進歩のうち。

さて、昨日、PC に重い処理をさせながら、ボット用の ワッサー投稿スクリプトを使って投稿しようかな、と思った。

前は読める発言を全部読みたかったから、それに合わせたクライアントを作りたかった。その方向に沿うて、ニュースリーダ / MUA のようなものを構想していた。

いま、私のわっさとの付き合いかたが変わっている。ボットの構想も、自分の普段の行動をもしも自動でプログラムにやらせるとしたらどうするか、で考えている。それに合わせた、べつのクライアントの構想もできるわけだな。

前回に見たときから半年、わっさの API が充実してきたから、vim script で充分にクライアントができそうだな、つまみ食いのように読んで、ちょこりと評価を与え( [イイネ] )て、投稿して離脱するような。

似たようなもので、twitter.com 用のものがないかと調べた。3つあったが、評価が高く開発も進んでいるのが TwitVim

30分ほど、触ってみた。素晴らしい。日本語も通るし、Twitter だけならばこれで遊べる。解析するのも面白そうだ。

やってみたいことリストに、わっさクライアント by vimscript の作成が追加された。

3.

そして、この日記。Blogger.com も、ブラウザを使うの面倒。vim script で投稿したいね、前に tDiary を使った自分のドメインでやっていたように。

blogger の API 一覧を見ながら考えていたのだが、調べたら存在はした

Google Data API のサンプルプログラムを使う --パスにインストールされるものでなく、サンプルを使う-- とか、予想外の作りに対応・実験・評価できていない。また、別に日本人が作った、もっと大げさなものもあった気がする。

既存のプログラムを利用させてもらうか、自分であれこれ遊ぶかは別にして。これもやってみたいことリスト入り。

4.

テキストだけで生活したい話は、私のリストでは比較的高順位。

だが一説では、マシンをもう一台調達し、データを同期する仕組みを作って、片方で開発や更新を遊びながら、もう片方でネットを遊ぶというローテーションを組めば必要が無いんじゃないか という疑いもある。

2010年2月21日

嗜好品二題 ( 二.パイプ煙草 )

一週間かそれ以上、喫煙をやめてみることにした。一生やめる気は毛頭ない。

最後に喫ったのは金曜(19日)の午前10時、決めたのはそのあと、食料品を買っていたとき。

私の喫煙は、頻繁に喫っているときですら 50g を一週間だ。忙しくて減ることはあっても、増えることはなく20年やってきた。

ところが、この二、三ヶ月は消費ペースが速い。意識して観察してみた。小分けに買って確認した。どうみても50% 増し、150g を2週間ペースになっている。

ためしに、先週一週間は意識して、50g のひと袋を一週間保たせてみた。

なんと、コーヒー豆の消費ペースがあがった。いくら私がコーヒー好きでも、徳用袋 350g が一週間でほとんどなくなったのは異様だ。(加古川滞在時、五日間でほぼ 130g ) おもしろくなってきた。

試しに、一週間を煙草なしで過ごしてみて、コーヒー豆の消費がどれだけ増えるか。実験してみたくならない ?

さきほど、日曜日(21日) の午前零時に、新しい 350 g のコーヒー粉袋を開封けた。

嗜好品二題 ( 一.珈琲 )

三日前に片付けた部屋が、まだ片付いている。快挙だ、私としては。

年末に加古川に滞在したときに初めてやってみてから、スーパーで安売りされているような徳用のコーヒー粉を使って、紙フィルタで淹れるのがオキニイリだ。

良い豆を使って、手でミルを廻して、ネル布で淹れるというのを、二十年以上やってきた。おいしい珈琲という理想があると思って、あれこれ錯誤した。

今は、紙のフィルタと徳用のコーヒー粉でも、開封してからそれほど時間が経たず新鮮であれば、自分で合格点と思えるコーヒーがコンスタントに淹れられるようになった。マニュアルではなく、観察すべき点と対応がわかるようになったからだ。

自分の気分・体調・茶菓子に適ったコーヒーを淹れることを心がけるようになれば、豆の質はわりと低い基準でも満たしていればよい。淹れ方で調整できる。

加古川でやむなくコーヒー粉買わなかったら、気づかなかっただろうけれどね。

[告知] 携帯電話不通

恥ずかしながら、二月二十日未明で携帯電話が料金不払いで停まった。月末二十八日まで、払い込んで回復させるアテはない。

不便ではあるが困りはしない。自宅回線による通信と、そのこちら側の PC が生きているのだから。電話が必要な、仕事の打ち合わせのアポなどを月末までにきちんと入れておけ、という意味に思える。

メール連絡は、gmail アドレスにお願いします。このブログの著者として、Google Profile に記載されています。

2010年2月17日

部屋を片付けている

ダイエットといわず、体重管理と言おう。言葉に体重を減らすイメージが染みつきすぎた

汚部屋といわず、管理の行き届かない部屋と言おう。問題は見た目ではなく、機能。

この庵に移ってから2年分の片付けをしている。

片付ければ片付いただけ、フローリングの床になってこの時期冷たいのだけれど

内面に考えること、考えること。普段よりさらに木っ恥ずかしさの限界を越えて、ついに紙の手帳への記載になっている。

で、じっさい、管理が悪すぎて、整理しないと先に進めないんだな。いろいろと。

2010年2月16日

意味もなく

21時に寝て、よく寝たと思ったらまだ真夜中だった。デジタル時計の 7時と 1時を見間違えたのだな。二度寝しても布団が汗で湿ってすぐに目が醒めるだけだから、起きよう。

布団を、きちんと身体の大きさだけ平らな床に敷いて眠ったのが久しぶり。眠りは深かったな。夢も、忘れても構わない気楽なものをきちんと見られた。1月30日に PC が壊れてから、修理のために布団を敷くスペースを作業に使っていた後遺症。

金曜日、体調不良。娘のファミレス教師は日曜日に行った。思ったより、課題が多いなー。分数を学校の授業だけで、きちんと理解するのは難しいみたい。受験どころか、落ちこぼれるのを見過ごすところだった。

ヴァレンタインデーの日曜日、ファミレス混みすぎ。あまり長時間は授業できなかった。

読書記録、PC が壊れる前のメモがない。≪アルケミスト≫3巻 呪術師ペネレル は読んで、図書館に返却した。マキャベリが 近頃では、誰も信用できない と嘆くなんかは素敵じゃない ?

思春期に耽読した マルテの手記 (大山定一訳 1953) を読み返し始めた。人々は生きるためにこの都会へ集まって来るらしい。しかし、僕はむしろ、ここではみんなが死んでゆくとしか思えないのだ。

サリンジャーが死んだ日、どんな箴言が有名かと調べて 言霊.in というサイトを見つけた。

その日、上位にあった本当に大切なことは本当に大切な奴にだけ分かってもらえたらそれでいいんだ (赤西仁) という文をみつける。

しかし本当は、大切なことは、似た魂、似た心情の相手にしか伝わらない、いくら言葉を尽くしても。だから通じる相手は稀有。見つかるのは幸運。大事な相手だ。 と言うべきでないかな。

メモ : 3月13日新宿 。徹夜とか無理だから、もったいないし、きっと行かないけれど。知り合いが多数行くらしい。

2010年2月13日

おやすみ 02-13 (とりとめなく)

冬季オリンピックは興味がないなぁ。

銭湯で、掌から測定する体脂肪計を使ってみた。今日は皮膚のコンディションが良いから、きっときちんと測れたことと思う。10.1%。

新聞でみたラジオのインターネット放送の計画 がとても魅力的。Google Alert に仕込んでおいてチェックしよう。

同じく、正本の電子データを国会図書館に入れるという提案 も、注目。

中川副大臣は出版社は色んなノウハウを使い、執筆者と対話をしながら本を作っている。何らかのことはしないといけないと、出版社の権利確保のため、措置が必要と述べた。

上記、朝日新聞の記事より

テクニカルな覚え書き -1-

読み返すと、年が明けてから、ひとつとてテクニカルな話題を書いていない。

わっさー 用のボットを作るかもしれない、途中で投げ出すかもしれない。ちょこちょことアイデアだけはある。

昨九月に、ワッサー・ゲイザー という開発コードで、MH 風のメッセージで各記事をまとめて、メーラとして読んだり、高評価をつけるという話をしていた。

そのプロトタイプで、Perl でダウンロードツールを作って自分の記事をローカルに保存してみたりしたが、メモリリークを解消することができずに、これでは公開もできないと放ってある。

その時には、API を使うことにこだわり、さらに API で不足な部分を ユーザ用の Web から取ってくることに頭が凝り固まっていて、先に進まなかった。

2週間ほど前に、Gtalk からメッセージを送受信したら一番楽であることに気づく。気づいたきっかけは、ボット好きのユーザと知り合ったこと。

ならば、私もボット作ってみようじゃないか。もう、自分が読める記事を全部読もうと思わなくなったし、メーラ風のインタフェイスを作る興味も失せたが。リハビリには良いだろう。

というわけで、最初に入れた Perl のモジュールは、Net::XMPP3 。jabber で使われる XMPP プロトコルで、メッセージを送受信するためだ。

Net::XMPP がバグを抱えたまま長くメンテされていないので XMPP3 という名前で bug fix した、のだそうだ。ただし、インストール時のテストプログラムの名前が Net::XMPP のままになっている。

アカウント設定などの周辺作業を了えて、さて、ちょっとテストしようかというところで、PC が壊れて中断していた。

今日、Ports の更新をしていて、p5-Astro というジャンルがあるのに気づいた。

おりしも昨日、発言として 日出・月出・月齢告知 機能をつけると宣言したばかり。ここから使えるものがあるかな ?

Astro::MoonPhase , Astro::SunTime , Astro::Sunrise というのがある。

Astro::SunTime よりも、Astro::Sunrise のほうが、きめ細かな指定ができそうだとインストール開始。タイムゾーンを取得できないと、インストーラがテストで停まる。

PERL_DL_NONLAZY=1 /usr/local/bin/perl "-MExtUtils::Command::MM" "-e" "test_harness(0, 'blib/lib', 'blib/arch')" t/*.t
t/00load.t ....... ok
Subroutine main::ok redefined at t/01basic.t line 9
Cannot determine local time zone
# Looks like you planned 237 tests but ran 232.
# Looks like your test exited with 2 just after 232.
t/01basic.t ...... 
Dubious, test returned 2 (wstat 512, 0x200)
Failed 5/237 subtests 

ports 更新作業をしながらのかたわら、あまり重い処理をさせるのは鬱陶しいので、軽く流す程度に調べていると、CPAN の中には DateTime::Event::Lunar というのもあるのを発見。こちらをまずインストール。

依存で入った、DateTime::Util::Astro が、太陽と月の出入り、月相くらいならば計算できるようだ。私は DateTime 型を他でも使っているので、こちらでテストして、うまくいけば常時稼働環境に仕込むことに決めた。

ガジェットからテスト投稿

blogger.com に igoogle から投稿するガジェット を入れてみた。ちと実験。


というだけでは何なので、近況。


11日(祝) は、遠くからの友人を東京に迎えて、総勢六人でかるく喫茶。


六人という人数が良かったのか、私の視点が変わったということなのか、あるいは幹事役という立ち位置かもしれない。場の雰囲気に乗った楽しい会話に向けて、誰がどうフォローしているのかが見えるようになった。


いや、昔も見えていたのが、見失ったのだったかな。


ちと栄養失調気味で、12日はダウン。娘への家庭教師ができなかった。


2010年2月8日

PC 環境復活

8日未明に PC を復旧できた。

本当は交換しておかないと不安な部品があったり、設置してから気づくとパワー・オンの LED が点いていなかったりと問題はあるが、快適になった。

頻発していた CD や HDD のアクセスエラーは、マザーの問題だったと判明した。ファンの回る音がうるさく震動がひどかったのも解消した。丹念に掃除機をかけたし、きちんと背面のマザーにつく蓋もできたので、もう埃に悩むこともないだろう。

一言でいえば、いままでの不具合の原因のそれぞれの理由が分かって納得した。興味本位でメンテしている PC なので、この満足感は大きい。

実用でいえば、買い換えたほうが早かった。故障した当日にはなかった、現在のスペックより多少マシなマシンが、マザーボードの動作確認をお願いしに行ったら、ほぼ同予算で売っていたのも見かけたし。

総括 : 貧乏性を発揮すると、手間を含めた予算は余分にかかる

いや、良いのよ。かかった時間を時給に換算すると損だが、興味深かったから。

で、今日はあれこれと、マシンが使えなかった間に積み残した作業をしていた。

ほぼ十日分の遅れを取り戻すことは不可能で、明日もまだ作業と不義理は残っている。

予定になかった山篭りをして帰ってきた、そんな心情だ。

2010年2月5日

第一回、週一ファミレス教師終了

PC を修復する暇がないと嘆くより、PC が動かなくとも用事があり、考え事があり、充実したこの二日間を誇るべきだろう。

「うめ祭り」前日の羽根木公園近辺で、20分だけ余裕を作り観た写真を掲載しておく。十日前には咲き初めていた、やたらに気の早い品種で八重野梅(やえやばい) という。

PC の修復、動作確認はしてもらい、私の失敗も指摘してもらい、そのための部品も購入し、あとは組み立てるだけのステイタス。

娘の家庭教師@ファミレスは、そこそこ収穫あり。敵兵力の 50% は小論文なれば、お題から関連する話題をみつけて展開するための「引き出し」 、気取っていえば教養が必要。その取っ掛かりとなる、娘が読みたくなる話題をやっと見つけた。

携帯からのメール投稿で書く気になる分量は、この辺りが限界。眠い。PC の修復を明日に回して眠る。

2010年2月4日

ジャンルが違う

昨日の文章を参照しようと、送信済みのメールを読んでいた。

夢と、神秘主義に対する考証は、別に専用の置き場があるのに。間違えてこっちに上げているではないか。

消去 〜

2010年2月3日

節分てことは

節分ということは、本厄がおわって後厄入りか。

昨火曜日のマザーボード交換、動作確認をするというフェーズまではたどり着いた。が、動作確認はできなかった。

通電すると LED は点くし、スウィッチを入れると CPU のファンは回る。リセットボタンを押すと別の LED もその瞬間光る。だが起動音も鳴らないし、モニタにも何も映らない。

時間切れで、部品を仕入れた店に相談に行けなかった。今日の朝イチに標準を合わせて行く。

2010年2月2日

パソコン故障中

金曜日、いくつか時事ネタを書きかけて放ったらかしていた。

土曜日、調子の悪かったマザーボードがついに死亡した。

前に同じ症状で、一週間くらい通電しなかったら辛うじて動くようになったのだが。可及的すみやかな収入源探しのために、新宿に出た。中古のマザーとグリスを購入。委細省略。

日曜日、都庁見学して散策の約束があり、一日休み。(楽しかった)

月曜日、作業に取りかかり、CPU ファンも調達しないといけないと知る。規格は適っているが、マザーボードと接続する脚が違う。

…さて

2010年1月26日

テーマ音楽を作ってもらった

作ってもらった。

とても満足している。

サーバにコピーした

作者はjunoise さん

2010年1月25日

一日寝てた

鬱発作ではないのだけど、体調はそれほど悪くないのに寝ていた。

昨日16時から正午まで、20時間のうち16時間寝てしまったよと、ちと怖くなって読みかけの本をもって散歩、これは夜に眠れなくなると体調が本格的に悪化するから、その予防だ。

夜はまた眠るのさ、お寝み

2010年1月23日

愛について

相変わらず、青臭いことを書く。


しばし前に、どこかに書いた。

愛は受け取る側が感じるもの、恋は思う側が感じるもの

その舌の根も乾かぬうち、昨日、妙な詩が浮かんだ。

神はあなたを試さない

神はあなたを愛さない

それは等価

神の愛と人の愛。それはなんと違うことだろう。

ここでは、ユダヤの神、律法の神を暗黙に仮定しているのだろう

人は、相手の価値判断でしか相手を愛することができない。

熱狂的な愛が醒め、相手を冷静に個人として認識した時に、はじめてヒトとヒトの対等な関係が始まり、生活が始まる。それには時間が必要だ。

ちかごろ、こんなことを考えていた。

個人と個人の付き合いだと思うから終わりに耐えられない。相手を崇拝し、師弟関係になってしまえば、終わるのが当たり前。

世の中には、今まで出会った人、みな師匠ですよ とうそぶく人もいるが、別れを達観するための科白かもしれない。

また、ちかごろ。人というのは本当に多面体なのだと思う。

多面の全てを受け入れてもらいたいと願うのは、所詮エゴに過ぎないのだと。自分自身の全ての面の、全ての成長の過程を記載したとして、それを、知識のバックボーンの違う相手に理解させること、自分が受信することを考えれば、いかに難しいかわかるだろう。

きっと、相手に飲み込まれてしまう。

自分の、すべての側面を見せたいと思うのが恋、無条件で受け入れたいと思うのが愛か。

ならば、愛と生活は両立しない。個人と個人の付き合いは、もっとぶつかって互いに火花が散り、変わり、変えていくもの。それが生活。

神の愛は、正しく自分の基準に沿うものだけを受け入れる。だからこそ絶対。だからこそ、人はカミになってはいけない。

2010年1月22日

読書記録 01.14-01.22

少年名探偵 虹北恭助の冒険 フランス陽炎村事件

クリスマスプレゼントとして、アマゾンから直接に娘に贈った本を貸してもらった。

軽い本を読んだのは久しぶり。すっきりと読了した。

うーん、探偵小説/ミステリとしてはあまりお薦めしない。虹北恭助のシリーズをずっと読んでいないと面白くないからだ。だが、小説としては面白かったし、それで良いんじゃない ?

++

願い事

古本で、なんの予備知識もなく購入。日曜日の昼下がりにファミレスのドリンクバーを消費しながら読んだ。

ホラー作家のデビュー作というと、貴志祐介のそれ が、むちゃ後味悪かったので、読んでいて心配だったのだけれどね。

これだけ物語世界に引き込まれて、最後に救いがなかったらどうしよう。立ち直れないんじゃないだろうか と。だが杞憂だった。ありがちなハッピーエンドでもなく、きれいにまとめてくれた。これは 神話 であり、 河合隼雄が言うところファンタジー だ。

読んでいる途中で、コーヒーを注ぎに歩きながら 人は魔にはなれても神にはなれない とふと呟いたら、直後に同じ意味の、もっと激しい文章が出てきた。いかに物語世界に一致していたかの現れだろう。

とりかへばや、男と女

旅に持っていくのに、別の読みかけの本と間違えてたまたま手に取った。

年末に持ってきた、関西に置いてある学生時代に貯めた本からだから再読のはずだが。今の私に響く本だった。

旅の直前、中年と呼ばれる年代で、肥えてきた自分の中の女性ホルモンと女性性についてちょうど考えていた処だったのだよね。

文中で解説される [京都(都)] - [宇治] - [吉野] の関係が、[東京] - [年末に旅した関西] - [今回はじめて訪れた東北] と呼応している気がした。

父方の先祖に、奥州藤原氏がいる、というデマのような話もある

親和力 のなかで、(中略) 大尉さんはおよそあなたと同じくらいのお年で、その年配になって男の方は初めて ─あなたを喜ばせそうなことをかくさずに言ってあげますわ─ 愛することもでき、また愛される資格もそなわるのですわ と言う。(略)

このように考えると、もし若い時に結婚をするならば、壮年になって再婚をするのが望ましい。それがうまくいくときには、同一の相手に対して象徴的に離婚・再婚をするということになる。これは人格の急激な変化を経験するときの、象徴的な死と再生の体験と相応するものである。(略)

相手が変わって、実際に離婚・再婚をする人もある。しかし、この際に大切なことは、その意義をはっきりと把握していないと、ジョンソンも言うように、同じことの繰り返しになる可能性が高い。こんな人は再婚ではなく安易な初婚を繰り返しているのである。

読了せずに返却

作家デビュー完全必勝講座 (若桜木虔)

ゆるやかヨガレッスン

拾い読みはした。

ただいま

月曜日に仕事にエントリするための打ち合わせをして、その足で一ノ関に行った。

求職とは言わない。長く自営でやっていて、いまさら社会保険に拘っても仕方がないし、個々の仕事の契約として条件が合うかどうか相談に行くのは 打ち合わせ だ。

往きは青春18切符の最後の一枚で、大宮から宇都宮を経て仙台、一ノ関に21時半頃に着。 帰りは、常磐線で茨城・千葉を経由して。

計画を決めたときに交通費を勘違いしていたので、ちと長めに帰路を歩いた。奥州街道を30km ほど。

火曜日から水曜日にかけて歩き、水曜日一日電車に乗ったら、さすがに疲労が激しくて木曜日一日眠っていた。(電車の中もよく眠っていた。)

エッセイの種はたくさん溜まった。すべてを書いては、自分で読み返すにすらヴォリュームがありすぎるので、取捨選択することになるだろう。

ただいま、東京。図書館にお願いしていた本がいくつか届いているそうだ。

別の仕事の打ち合わせのアポイントメントをひとつ取ったら、読書記録を書いて、図書館に行く予定。

旅行先でお世話になった人、旅行から帰るのにお世話になった人へのお礼を書いて、今日を始めます。

2010年1月14日

読書記録

短篇ならいくつか読んだし、手をつけた本はいくつもある。大晦日に古本で漫画を5,6冊買って全部読んだが、読了したのは、2日の クリスタルボール と、この3冊だけか。

あやつられた魂 ステラ・ダフィ

操られた魂 、原題はWavewalker 、1996年。

解説によると、この主人公が探偵として活躍するのは2作目。前編で、作者は ミステリを書いているという意識がなく、むしろ悲劇的なラブストーリーのつもりで書いていた という。 

前作、カレンダー・ガール も、たぶん読んだことがあるんだよね、まったく憶えていないし、思い出しもしなかったが。だが、それこそがこの小説が古典的な 探偵小説 であるということなんじゃないかな。

べつに、《マット・スカダー》や新本格以降の日本のミステリを否定するわけではなく。だが、古典的な探偵小説というのは、事件が描かれ、事件の中の人間関係を客体として描くものだと思う。

ちかごろの探偵小説しか読んでいない、若い読者には物足りないかもしれない。でも、これが古典の手法だ。

アルケミスト

錬金術師 ニコラ・フラメル

邦訳では、全6巻予定のシリーズ題名が アルケミスト (錬金術師) で、一巻の題名が 錬金術師 ニコラ・フラメル というややこしいことになっている。原題はThe Alchemyst: The Secrets of The Immortal Nicholas Flamel

ファンタジーも、雑学・哲学の体系としての錬金術も好きなのだが、なぜかニコラ・フラメルという名前について知識がすっぽりと欠けていた。(しかも、きっと彼ら夫妻の住んでいた家というのも子供の頃に見たことがあるはずだ) ファンタジーは異世界ものが好きだし、錬金術については微妙に守備範囲がずれていたから、だね。

でも読んで楽しむのに、予備知識の不足はまったく障害にならなかった。主人公ふたりが、インターネットや携帯に慣れ親しんだ現代アメリカのティーンエイジャーだから。少年少女向けとして書かれるファンタジーは、予備知識がなくても楽しめるように書かれるから。

おもしろかった文章を二つ挙げておく。

「礼なんて、止しとくれ。これは贈り物じゃない。呪いだよ!

ドーラ p.207

あんた、その人たちの死を悲しんだの? ヘカテの声には、純粋な好奇心がこもっていた。

ええ、ひとり残らず

いまでも悲しい?

毎日、悲しんでますよ

ヘカテは、フラメルの肩に手を置いた。ならば、ニコラ・フラメル。あんたはまだヒトよ。他人を思いやらなくなったら、あんたはその日からディーのようになる

魔術師

魔術師 ニコロ・マキャベリ アルケミスト2巻

敵として現れる実用的な人間、マキャベリ。味方として現れる、火の魔術の達人サンジェルマン。ともに魅力的な人物だ。

読書日記として書き始めたのは13日だが、このあと19日に旅行をして、栗駒山の空を見て思った。

空気 (Air) の魔術として霧や雲を生み出すシーンがあり、現代科学の観点では水だろう、と不思議に思っていたのだが。山の空で風に巻かれながら雲が散り、また生み出されるのを見た。だから雲を産むのはシルフィードの仕業なのか。そして生まれる雲は、神話の龍そのままの形をしていた。

マキャベリとサンジェルマンの形容に、チェスタートン 木曜の男 に出てくる二人の人物との共通も見出した。

2010年1月10日

インディアンサマー

天気がよく、空気が澄んでいる。昨日から始めた部屋の模様替えと整理は途中だが、窓を開けて部屋の空気を入れ替えるあいだ散歩に出た。

地殻の公園でひなたぼっこをしながら気づいた。これがインディアン・サマーだ。小春日和より、もう少し日差しが眩しく、空気は冷たい感じ。

青空を見ながら考えた。

日々の挨拶で人間関係を耕しているだけでは、深い穴も掘れないし、種を撒かないと何も生えない

実りが欲しければ種を蒔けば良い。能く知ることが望みならば深く掘れば良い。広く見通したければ開墾すれば良い。どれが間違っているワケでもなく、望みに合わせて手段を変えないといけない。

自分のやり方で手に入らないものがあるのに気づいたとき、動揺するのは仕方がないか

ベストを尽くしたから悔いはない人 と ベストを尽くしたのに報われないと嘆く人の違いは何だろう

人の行動の意味、真意は本人にすら完全には分からない。思い返して、あの時自分はこういう意図があったのかと感じるのみだ。

2010年1月5日

1月5日に脳内を流れた歌

1月5日、朝。

この3日間でふと思い起こした曲を記録しておきたくなった。

朝起きた途端に、Georege Moustaki の Sans la nommer が流れた。

名前をつけずに、受け入れて愛そう。そこが始まり くらいかな。対象は感情やセンスなのだと思う

この曲が思い浮かんで、この3日間に思い浮かんだ歌の記録を書きたくなった。

この半年、いつも思い浮かべる歌手やミュージカルからの曲なのに、選曲がいろいろ違うところが興味深い。

1月4日に脳内を流れていた曲

1月5日、朝。

この3日間でふと思い起こした曲を記録しておきたくなった。

1月4日に流れていたのは、My Fair Lady から Without you

あなたがいなくても、画の趣味は洗練される。音楽だってそう。なんちゃらいう詩人だって生きていける。

あなたがいなくても、スペインの雨は主に平野に降る

あなたは親友、お元気で。

お好きな処へお行きなさい。

Hartford, Hereford and Hampshire といえば、昔、高校生の頃五七五に凝って ウクライナ、ウラジオストック、宇都宮 という戯れ歌を作ったことがあったな。


この曲を掘り起こすのに、My Fair Lady 初頭の Wouldn't be lovely を聴いて、こちらに合わせて街を歩いていた。

寝る処がありゃいいね。夜の寒さを防げりゃいいね。素敵じゃね?

大晦日のラジオで、なぎら健一が 朝日の当たる家(The House of the Rising Sun) てのは、日本で言えば 西日の当たる部屋 、ロクでもない眩しい寝室なんですよ と再放送で言ったのを思い出した

ホームレスと失業が社会問題になっている今のほうが、My Fair Lady の背景がよく分かるよね。

1月3日に脳内を流れていた曲

1月5日、朝。

この3日間でふと思い起こした曲を記録しておきたくなった。

3日に流れたのは、岡村孝子 Adieu

アルバムを今はなくしたし、ソラで憶えているほど初期の曲でもないのにね。

幾つも夜を越え、語り明かしたよね。

こんな日が、来るなんて。気づかずに。

忘れないでね。二人で生きた、きらきら輝く季節を。

いつの日か、素敵な誰かと出会っても。

上掲部分が気になって調べてしまった。楽しい思い出が残り、話した内容が心に残っていればそれで良いと思っているはずなのに。

2010年1月2日

「ザ・クリスタル・ボール」読了

読んでいるうちに日付が変わって、二日になってる。

元日は赤坂から渋谷まで、直線距離で4kmちょっとを、あれこれ寄り道して3時間近く描けてしたのだが。この話は写真つきで別途公開予定。

「ザ・クリスタル・ボール」は TOC の創始者ゴールドラットの邦訳最新刊。

提案されるソリューションは、十年くらい前 (未確認) に訳出された「チェンジ・ザ・ルール」(要確認)と変わらないのだけどね。

登場人物が変わり、小説としても遥かに面白くなった。前はコンサルタント(SIer)、今度は現場の人間が導く話だから

確認後に編集するかもしれません

2009年12月31日

新橋で客を引く女性に遭って考えた

笑い掛けたのが余計な希望を持たせたかな。

コンビニの出口で待ち伏せるほど困っていると気づいていたら、温かい飲み物でも渡してあげられたのに。

大晦日の独り者がみな、人恋しいわけじゃない。誰でも良いから暖かさが欲しい年頃は過ぎた。

では共に居たい何人かを思い浮かべたら?
年越しだからと特別なものはない。誰を思い浮かべても、隣にいたらいつだって特別な日。いま、この時である必要はない。

今はただ、帰って独り寝よう。
酒も要らない、博奕も要らない、色欲はまたいつか。

お寝み、そして良い年を。

2009年12月18日

京都歩いてる

帰ってからパソコンで本文書く

2009年12月9日

深夜のラジオを聴きながらの走り書き

また PC が起動しない。
ぼんやりと NHKラジオを聴いていたら、日本海軍の話が流れてきた

日本海軍研究家 とだか・かずしげ氏へのインタヴュー。聞けば聞くほど、現代の会社組織に似ていて、メモを取ってしまった。

この内容は、今年の春に出版された「海軍反省会」という書籍に含まれているそうだ。以下の文章は、私のヒヤリング・メモ。肯定にせよ反発にせよ、書籍を当たって下さいね。


・上層部は「現場が指示した通りに動かないから」、現場は「兵站や装備が満足でないから」と自らを納得させるので、責任を感じない
・「自分もあとから逝くから耐えてくれ」と特効を命じ、終戦を機に、罪悪感を振り切って生き延びた人が作った社会だから、いま無責任が横行している。じゃあ死ねば良かったのかとは言えないが
・軍の資料の殆どは、保身のために焼却された。現存する資料は、アメリカ軍が敵を研究するために押収して、最近に返還されたものばかり
・しかし文書を書く時点で、無意識の保身や主観が入るから、単体の資料は信用しずらい。同じ内容を別の立場の人が書いた書類と突き合わせないと
・昭和八年に軍令部が「作戦に関しては」の名目で海軍大臣からの独立を許された時から、意図的としか思えない速度で太平洋戦争に突っ走った
・軍令部の最大の問題は、少数の団体であるにも関わらず多大な権限を握ったこと


当然に私も思うところはあるが、書籍を読んでもいないので書くのは差し控える。

2009年12月6日

無意識という言葉を使わなくなった

10日ほど前に 奇偶 を読んでから、無意識 という言葉をなるべく使わないことにした。

無意識というと、顕在意識、我々がふだん活動に使い、行動の理由にしている心と別の存在があって、それが別のことを考えているような気がするよね。それって、怖いよね。

無意識なんて、そんな大層に恐れるものでも、普段の自分と違うと恐れるものでもない。

なんとなく選んだ行動が正しいという確信をもつことは、誰にでもある。あとから自分の行動に得心がいくことなんてざらだ。

行動を決めている部分があって、それを他人に説明するために言語化する。人に問われないと言語化しないことなんて多々ある。そこから、無意識と呼ばれる領域まで、とくに区別することなくなだらかな変化で繋がっているのではないかな。

他人に説明するために、言語で会話するために使うのがペルソナだ。ふつう日本語では仮面と書いてペルソナとルビを振る。

行動の主体と、他人/社会を結ぶレンズのような存在、と近頃は捉えている。

レンズのこちら側、行動を決めている部分をなんというか。すぐに言語化・説明が可能な部分、ちと説明するのに苦労する部分、なかなか自覚できない部分。ひっくるめて 未言語の領域 とでも呼ぶしかないんじゃないかな。

言語、ロゴス、ねばならない で自分を縛ると窮屈だ。未言語の部分にしたがわないと、破綻はたやすい。

破綻しないように、極力、自分の未言語のこころを自由にして、社会とうまくやっていくために極力、ー嘘、方便と理解して使う言葉も含めてー 行動を他人に説明するための言語を操り、他人に説明できれば良いのかな、と考えている。