2013年5月27日

奥津城にて、卯月十七日

用事ができて、一泊二日で関西にきている。

父の遺骨に供えた発泡酒新作のお下がりを飲んだら疲れが出て夜中まで眠り、奥津城の整理をしていたらたちまち夜が明けた。

食卓や机の上にものを置くような母親のやりかたを踏襲していたら片付くわけがないし、そんな習慣をもつ家族がいくら片付けろといっても子供が片付け上手になるわけがない

(机の上と抽斗の使い方がずれているのだよ)

四十路も半ばを超えてやっと、そんなことに気づいたりする。


窓の外では、鳩がベランダの縄張り争いをしている。

元妻の播州コンプレックスにつきあって、ずるずると長年きそびれた結果、すっかりと自分たちの土地だと思っているな。

ここは亡父の土地だというのに。

二ヶ月前にも一度行い、手順をおぼえたベランダの清掃にとりかかろう。


二十代できちんとこなすことのできなかった客商売を、し残したこととして勤めてみてやっと片付け・掃除といったメンテナンが身に付きかけている。

2013年5月2日

「ガンバの冒険」

ちょうど一週間前、4月25日。半年ほどぶりに近所の TSUTAYA を訪れた。同じビルの、夜間も営業しているスーパーが臨時の休業をしていたのがきっかけだ。

しばらく前から、古い映画「ローマの休日」を観たかったのだが、勝手がわからずに小一時間店内をうろついた。住宅街の、私の街の店舗でもレンタルコミックが始まっていることをはじめて知った。

それはさておき、児童向けDVDのコーナに「ガンバの冒険」をみつけた。

娘が小学校に入るか、入らないかのころ。自分が同じ年ごろに観たからと探した番組ふたつのうちのひとつで、つまり十年ほど前にはレンタルで見つからなかった憶えがある。( 余談だが、もうひとつは「小さなバイキング・ビッケ」だ )

たかだか DVD 四巻、13話の短い放映だったかと信じられぬ思いでジャケットのあらすじを眺めているとき、ふと気づいた。

「そうか、わたしはイカサマになりたかったのだ」

放映は磁気テープのヴィデオ録画もまだ一般的でなかった頃だ。二、三年して斎藤惇夫氏の原作を何度も読み返していたのと記憶は入り混じっているだろう。

にしても、イカサマは恰好よかった。

おそらく、さらなる原体験として「ガッチャマン」の最終話で遺志だけが通じ敵と刺し違える、青い装束の no.2 に感銘した流れもあるのだろう。

ま、それはともかく。
小学校五年生で私はタロット札と出会った。
中学二年生でインド瞑想の本を実践しようとして、その一環としてパメラ・コールマンの画を頭に描き、鉛筆でトレースした。
大学に入り下宿して麻雀を憶えたとき、博奕打ちであるならばサイコロは常に二つ以上ポケットに持ち歩かないといけないと感じていた。
離婚してリュックひとつの所持品で動いていたときに気まぐれで入れていたタロット札と再度出会い、タロットと麻雀が一説には同根であると知ったあと、もう五年に渡ってわたしはタロット札を最低ひとつ鞄に忍ばせている。

イカサマになりたかったのか。

「一、二の半。大凶だ」

たしかイカサマも、自らの出した卦に準じ、三匹の犠牲の最後を買って出る。凶を吉に変えるために。

饒舌再開

4月22日、電話機が壊れた。

USBコードからの充電ができなくなって一度代替機を借りて連絡を取り、自宅のスタンドで充電したところで携帯内のメモを SD カードにバックアップして、そのまま修理に出した。

失敗であった。ある携帯からSDカードに書き込んだファイルは、別の携帯でも、パソコンにつないでも読み込めないと判明。

いろいろの記録や雑感のメモがなくなり、けっこう落ち込んでいた。

気分を新たに、今日からまた雑感を書き記していこうと思う。


……というメモを今朝一番にパソコンでローカルに書いた。公開できるものはこのように公開で、非公開を必要とするものはGoogle Drive などに非公開で、まめにネットワーク上にバックアップしておきたいものだ。

2013年4月5日

新しいPC を Windows で購入

新しいPC を買った。最初のPC を仕入れたのが23歳の二十数年前で、それから七代目になるが。はじめて型落ちでない新品を買った。道具として必要だから OS もWindows 、うっかり Windows8 。

届いてほぼ一週間経った昨晩、ネットワークの通った友人の家で WindowsUpdate をかけ、もろもろ必要と思えるソフトを軽くインストールした

いまの悩みは、Windows8 で遊びのソフト(LINE , Skype ) を入れるにはマイクロソフトのアカウントが必要なこと。

ドメインは別の友人が取り戻してくれたが、まだ設定をしていない yaemon@kikansha.jp で登録した旧いアカウントが凍結されている。メールが届かないので復旧できないのを放置して、新しくアカウントを作るか、待つかだ。

2013年3月5日

閑話(ウェブ小説)

昨11月あたりから、小説家になろうに掲載されたアマチュアの投稿を読むのが新たな趣味になっている。はじめのうちは無名の読者としてログインせずに訪れていて、ある日ログインアカウントを作ろうとして気づいたら、大学生の二十数年前に小説家になるつもりで作ったペンネームがすでにメールアドレスに紐付いていた(いつ登録していたのだろう)

しらない人が書いてる、作品以前のエッセイや詩を読むのが好きだ。が、そういう作風のかたはお気に入りにしても非公開に(なるべく、きづいたら、うっかりしていてお気に入り返しされたらあきらめてるけど)している。ひとに話すのは、すでに作品といえる、サイト内での人気も出ているものばかり。すると和風ファンタジーの{異世界・ゲーム}ものが多くなる。

もうすぐ書籍になるという告知をみたときに娘に教えたら面白がってくれたのがこの世界がゲームだと俺だけが知っている この著者の作品も完結した先行の 天啓的異世界転生譚を先日また読み返した。どちらも伏線の多い知的遊戯として素敵な作品だ。

週末に頭から読み返したし、また記憶の薄れた頃に読み返したくなりそうなのが 盾の勇者の成り上がり 。著者はプロトタイプだと謙遜しておられるが(じっさい、完結するまで構成について評価することはできないし、完結してから構成を見直したいのならば著者にとってはプロトタイプなのだろうが)はじめの事件からの顛末23ページ分だけで、すでに文学だと云いたい。

今回読み返していて、うっかり思ったもの。わかる、そういうときは本当に味覚がなくなるんだよな

わたしは今まで類似のショックで、食欲をなくしたことも、視覚がおかしくなったこともあるが、味覚はおかしくなったことはない、はずだ。 初読のとき、あまりに主人公に思い入れしすぎて、味覚がなくなったことがあるような気になってしまったらしい。

記憶すら改竄する描写を文学と呼ばずして、なにが文学だろう。

余談だが、主人公が立ち直る経緯は麻雀漫画屈指の(おっと、そのさきはネタバレにつき省略)リスキーエッジを思い出させる

2013年2月26日

与太郎では仕方ない (笑って許す)

昨日まで四年間は友人と認識していた男のはなしを書く。 かつて存在した wassr というコミュニティで、そこそこ仲の良かった相手だ。

わたしは六年以上、彼は少なくとも二年フェイスブックに参加してる。

一昨年の地震の時には、わだかまりを捨てて彼の無事を祈り wassr をみてた。フェイスブックでも福島某市の復興のために精力的に動いている記事が共通の友人からシェアされているのをみていた。

ちょうど先週、元 wassr な共通の友人がさらに増えたせいか「あなたのお知り合いではありませんか」画面の、わたしにとって筆頭に表示されるのをみて、『うっかりすると、ミスタッチで友人申請してしまいそうだ。彼から謝ってくるならともかく、こちらから友人申請とかしてしまったら恥ずかしいな、防止策としてブロックするか。だがスマフォ画面にブロックが表示されないよ』と考えていた。パソコンからフェイスブックつないでブロックメニュー探そう、今度ネットカフェ行くときの ToDo と思っていた。

そのタイミングで、フェイスブックから通知メールが届いた。彼からの友人申請だ。

『もしわだかまりが半ば解けて、わたし視点の話も多少なりと聴くつもりがあってのことなら、ふつうならまず謝罪から送ってくるよな。だが上から目線で「おれはもう気にしてないよ」て意味なら、wassr なき今いきなりフェイスブックの申請送ってきてもおかしくはない』と三日悩んだ。悩んだ結論は、わたしが自身やりそうだと心配してた『お知り合いではありませんか』画面、もしくは機種変更などでうっかりアドレス帳をアプリに喰わせての誤操作による申請。

念のため「友人申請が届いたけど誤操作だよね? 貴君にとって、まだわたしは不審人物なのだろ?」とメッセージを送った。

四、五時間後。夕刻に返事が届いた。「俺には覚えがないから貴様の勘違いだろう・最近は悪さ控えてるかい?」 想像の上限の、さらに上をいく傲慢さだ。

「自覚がないから誤操作というのだよ。証拠送ろうかと一瞬思ったが面倒。とりあえず意図してなかったとわかれば、わたしは気が済んだよ」と返したら、逆上した文が返ってきた。

「おれは中川がフェイスブックにいることも知らなかったし、探したこともない。それで誤操作と呼びたければ呼ぶが良いさ」
は?
わたしの考えた誤操作の意味を書いたら、「晒したければ晒すが良い」とさらにわけのわからない返事。

「晒す」という言葉についていえば、あいつや当時の共通の友人が、わたしの情報開示したことを一度も責めたことはないし、ただ単に『あいつらには普通の友人つきあいなのだろう』と受け止め相応に、愚痴吐くときに気楽に書いているだけなのだが。なぜ許可がいるの? ……てのはまったくの余談。とりあえず、そこに至るまでの向こうの喧嘩腰がわからない。

なんだかよくわからないと、いま懇意にしている集団で愚痴っていたら、わたしと全く同様の誤操作の可能性を示唆したひとがいた。

「いや、それが誤操作でしょ」と返事を書いてて腑に落ちた。あいつ、わたしのフェイスブックページを覗いていると批難されてるように受け取ったのか。 それしか誤操作の可能性思いつかないてことは、たしかにわたしのページみてたのだろうな。


ホントの処はわからない。

彼がわたしのページをまめにチェックしていて、かつそれを隠そうとしていたと解釈することでわたしが腑に落ちたというだけ。

「しらないよ、まちこちゃんの筆箱なんて壊してないもん」「誰もまちこちゃんの筆箱が壊れたとか言ってないんだけどね」メソッドだ。

共通の知り合いが五人も十人もつながった状態で、地震のおりにシェアされた投稿の頻度でフェイスブックにいて。互いに見りゃわかるアイコン使っていながら「おまえのアカウントの存在を知らなかった」てのも不自然すぎるものな。


知性ある友人に一方的に断罪されたと思っていたから苦しんでいたが、底が割れるような嘘を吐くほど底の抜けたバカかと思ったら気が晴れたよ。

あるいはもしかしたら、底が割れるような嘘を吐くほどわたしに罪悪感もってると感じたのかもしれないけどね。


なんにしても気が済んだ。わたしはいまも今後も害意で個人情報までもを晒すつもりはないが、黙するには笑い話として秀逸すぎる。

与太郎では仕方ない。許すさ。現時点では二度と近寄ってほしくないけどな :-p


近所にいたら可愛がるが、わざわざ出かけて行ってまで愛でることもないのが落語にみる与太郎とのつきあいだろ?

2013年1月19日

飲食店の常識、銀行の常識

今まであまり読んだことのない類いの本を、昨日図書館で物色してきた。

図書館の十進分類 336 (経営管理) から一冊、隣の 342 (財政史)から二冊。そして 673 (商業経営・商店) から二冊だ。

読み始めた一冊目は失敗に学ぶクレーム対処術。藤田田のもとで日本マクドナルドにおいてした仕事の話がメインで、著者はこれを含め外食産業に21年務めてきたという (「はじめに」p.7 )。

上掲書 p.93より

売上げにはふたつの売上げがあります。レジスターの記録と現金売上げです。レジスターの売上げ記録から打ち間違いと現金差を引くと、現金売上げとなります。ふつう、百貨店やスーパーに入るテナントの場合、レジスターの売上げと現金売上げは同じになるように調整します。しかし、マクドナルドの場合、間違いや盗難による現金差を容認しているので、普通は現金売上げを売上げとして申告するようにしていました。

(略)

私はまだ統括になり立てで、売上げは現金売上げしかないと錯覚していました。」

なんと。銀行員を両親にもっていたわたしには信じられないはなしだ。

銀行員は一円で支店のバックエンド全員が残業を続けるのが常識。

わたしの感覚は次のとおりだ。

帳簿と現金は合わせようとしなきゃ合わないものなのだよ。

足りなかったら責任者が埋めろというのは一見厳しいようだが、足りなければ埋めれば良いのだろうという道徳心の低下を招く。余っているときはポッケに入れてもいいよねとなる。行く先は売上げのごまかしだ。

だから最近のスーパーに導入されているような現金集計機がついて記録のとおりにしか入出金できないレジの導入が望ましい。

この本は 2004年9月の刊行。今でもマクドナルドのマニュアルはそうなっているのだろうか。だとしたら、どのように道徳心を保っているのか。

マクドナルドに勤務した経験のあるひとに訊いてみたいものだ。

追記

以上の感想を書いたあと、読み進むとすぐに以下の一文に出会ってほっとした。

p.95

本社にとって帰り経理部に相談しました。その答は「あ、わかりました。問題ありません (テナント入居規程のとおりにレジスターの売上げで計算します : 引用子註)」という拍子抜けのするものでした。

2013年1月11日

2013年はじめ

1月12日金曜日に、この文を書いてる。

やー、今回だけは生きる気力の欠如だけで飢え死にしてもおかしくはなかった。食費くらいはあったし、未来への展望もあり。(試せてもいないがたぶん)外に出て食べる体力はきっとあったのだが、月曜から三日間ひたすら起きてはまた寝ていた。

内面の理由はこれから検討。多少の見当はついてる。

だが、連絡が取れなくて迷惑をかけた相手も複数あり、もし目に止まると言い訳と見なされるだろうから。結論が出ても公開すべきではないだろう。

心配をかけた方のひとりが、しつこくノックをして下さり昨日外に出られた。お粥を食べてから挨拶回りをして、また食事を二回摂った。甘味も食べた。

今日まで五日分のメールが端末に落ちてくるまでの合間に備忘として記載して公開しておく

2012年11月8日

この二、三週

この二、三週。考えも前に進み、生活も善かれ悪しかれ動いているのだが、書く気が起きない。

ネットに公開する気が起きないというだけでない。ローカルの日記を書くためにテキストエディタを立ち上げても、ペンを片手にノートを開いても、書こうとした内容に至る前に閉じてしまう。書けない。

書く習慣がついてから三十余年、断片すら書けないなんてことは初めてだ。

理由としてピンとくるものもない。ただ、書けない。文にするのに嫌気が差して筆が停まる。

2012年9月4日

やられた ( eclipse と Windows コマンドライン )

eclipse の tigris (JavaVL) SVN が 1.6 で、コマンドラインの svn が 1.7 だと、コマンドラインの svn で更新したディレクトリは eclipse の svn から認識できなくなる

(管理ファイルに下位互換がない)

それは当然だ。わかりやすい。

しかし

eclipse の tigiris svn が 1.6 で、コマンドラインの svn の 1.6 を入れてパスを通すと、エクリプスが落ちる。

Windows 環境のほかだとどうか、最新の eclipse だとどうか。いろいろと興味は尽きないが、追求しない。(する環境もないが、する気は起きない)

だが検索するほどに困っている人には見つかると良いな、と思う。

eclipse が落ちるときに、作業ディレクトリにできるログは以下

#
# An unexpected error has been detected by HotSpot Virtual Machine:
#
#  EXCEPTION_ACCESS_VIOLATION (0xc0000005) at pc=0x061f81cc, pid=2844, tid=2480
#
# Java VM: Java HotSpot(TM) Client VM (1.5.0_12-b04 mixed mode)
# Problematic frame:
# C  [libapr-1.dll+0x81cc]
#

---------------  T H R E A D  ---------------

Current thread (0x03c85d48):  JavaThread "Worker-0" [_thread_in_native, id=2480]

siginfo: ExceptionCode=0xc0000005, reading address 0x00000000

Registers:
EAX=0x0330c020, EBX=0x00000000, ECX=0x00000000, EDX=0x00000000
ESP=0x058f8bac, EBP=0x058f8bb8, ESI=0x039e7468, EDI=0x00000000
EIP=0x061f81cc, EFLAGS=0x00010246

Top of Stack: (sp=0x058f8bac)
0x058f8bac:   00000000 039e7468 0330c020 058fabe4
0x058f8bbc:   056a1f32 058fabe0 0330c020 00000000
0x058f8bcc:   00000000 00000000 039e7468 0330c020
0x058f8bdc:   00000000 0330c020 00000000 0330c020
0x058f8bec:   0330c0c0 6eec8461 0330c020 00000010
0x058f8bfc:   6ee40000 6eec11f2 0330c020 0330c0c0
0x058f8c0c:   6eec1210 6eec8570 0330c020 0330c070
0x058f8c1c:   0330c020 0330c020 00000000 003a0043 

Instructions: (pc=0x061f81cc)
0x061f81bc:   89 55 10 53 8b 5d 14 56 57 85 db 75 03 8b 58 18
0x061f81cc:   8b 03 bf 01 00 00 00 3b c7 0f 82 1b 01 00 00 8b 


Stack: [0x05800000,0x05900000),  sp=0x058f8bac,  free space=994k
Native frames: (J=compiled Java code, j=interpreted, Vv=VM code, C=native code)
C  [libapr-1.dll+0x81cc]
C  [libapriconv-1.dll+0x1f32]
C  [libapriconv-1.dll+0x1da4]
C  [_tbl_simple.so+0x123b]
C  [_tbl_simple.so+0x11c4]

Java frames: (J=compiled Java code, j=interpreted, Vv=VM code)
j  org.tigris.subversion.javahl.SVNClient.status(Ljava/lang/String;ZZZZZ)[Lorg/tigris/subversion/javahl/Status;+0
j  org.tigris.subversion.javahl.SVNClient.status(Ljava/lang/String;ZZZZ)[Lorg/tigris/subversion/javahl/Status;+9
j  org.tigris.subversion.svnclientadapter.javahl.AbstractJhlClientAdapter.getStatus(Ljava/io/File;ZZZ)[Lorg/tigris/subversion/svnclientadapter/ISVNStatus;+79
j  org.tigris.subversion.subclipse.core.client.PeekStatusCommand.execute(Lorg/tigris/subversion/svnclientadapter/ISVNClientAdapter;)V+41
j  org.tigris.subversion.subclipse.core.resources.SVNWorkspaceRoot.peekResourceStatusFor(Lorg/eclipse/core/resources/IResource;)Lorg/tigris/subversion/subclipse/core/resources/LocalResourceStatus;+16
j  org.tigris.subversion.subclipse.core.SVNTeamProvider.setProject(Lorg/eclipse/core/resources/IProject;)V+29
j  org.eclipse.team.core.RepositoryProvider.mapNewProvider(Lorg/eclipse/core/resources/IProject;Ljava/lang/String;)Lorg/eclipse/team/core/RepositoryProvider;+273
j  org.eclipse.team.core.RepositoryProvider.mapExistingProvider(Lorg/eclipse/core/resources/IProject;Ljava/lang/String;)Lorg/eclipse/team/core/RepositoryProvider;+65
j  org.eclipse.team.core.RepositoryProvider.getProvider(Lorg/eclipse/core/resources/IProject;)Lorg/eclipse/team/core/RepositoryProvider;+45
j  org.eclipse.team.internal.core.TeamHookDispatcher.getProvider(Lorg/eclipse/core/resources/IResource;)Lorg/eclipse/team/core/RepositoryProvider;+6
j  org.eclipse.team.internal.core.TeamHookDispatcher.getRuleFactory(Lorg/eclipse/core/resources/IProject;)Lorg/eclipse/core/resources/IResourceRuleFactory;+9
j  org.eclipse.core.internal.resources.Rules.factoryFor(Lorg/eclipse/core/resources/IResource;)Lorg/eclipse/core/resources/IResourceRuleFactory;+58
j  org.eclipse.core.internal.resources.Rules.refreshRule(Lorg/eclipse/core/resources/IResource;)Lorg/eclipse/core/runtime/jobs/ISchedulingRule;+18
j  org.eclipse.core.internal.resources.Resource.refreshLocal(ILorg/eclipse/core/runtime/IProgressMonitor;)V+106
j  org.eclipse.core.internal.refresh.RefreshJob.runInWorkspace(Lorg/eclipse/core/runtime/IProgressMonitor;)Lorg/eclipse/core/runtime/IStatus;+91
j  org.eclipse.core.internal.resources.InternalWorkspaceJob.run(Lorg/eclipse/core/runtime/IProgressMonitor;)Lorg/eclipse/core/runtime/IStatus;+37
j  org.eclipse.core.internal.jobs.Worker.run()V+31
v  ~StubRoutines::call_stub

---------------  P R O C E S S  ---------------

Java Threads: ( => current thread )
  0x03b51b90 JavaThread "Thread-5" [_thread_blocked, id=2072]
  0x03c202d0 JavaThread "Worker-2" [_thread_blocked, id=2428]
  0x03a485e0 JavaThread "Java インデックス作成" daemon [_thread_blocked, id=2312]
  0x03a6cd50 JavaThread "Worker-1" [_thread_blocked, id=188]
  0x03a6ddb0 JavaThread "Thread-4" [_thread_blocked, id=2060]
=>0x03c85d48 JavaThread "Worker-0" [_thread_in_native, id=2480]
  0x03cacc08 JavaThread "Start Level Event Dispatcher" daemon [_thread_blocked, id=2184]
  0x03a2ad88 JavaThread "Framework Event Dispatcher" daemon [_thread_blocked, id=3168]
  0x031ab948 JavaThread "State Data Manager" daemon [_thread_blocked, id=1984]
  0x031c8098 JavaThread "Low Memory Detector" daemon [_thread_blocked, id=1736]
  0x031d13c8 JavaThread "CompilerThread0" daemon [_thread_blocked, id=1952]
  0x031c0278 JavaThread "Signal Dispatcher" daemon [_thread_blocked, id=3536]
  0x031b17c0 JavaThread "AWT-Windows" daemon [_thread_in_native, id=632]
  0x00ae9db8 JavaThread "Finalizer" daemon [_thread_blocked, id=676]
  0x00ae8948 JavaThread "Reference Handler" daemon [_thread_blocked, id=3916]
  0x00a2cbe0 JavaThread "main" [_thread_in_native, id=1140]

Other Threads:
  0x00ae4720 VMThread [id=4004]
  0x00b15ab0 WatcherThread [id=3368]

VM state:not at safepoint (normal execution)

VM Mutex/Monitor currently owned by a thread: None

Heap
(以下略)

寝癖の朝、個人に活かすドラムバッファ管理

坊主頭にしていなかったら、今朝はひどい寝癖。
午前一時半に帰宅し、しばし休んでから眠り六時過ぎに起きた。七時半のいま、往路の電車の中だ。

仕事のしかたが思い出せない。もとから知らなかったのかな。
『帰宅までにxx、yy、zzの順で作業します(yyまでは少なくとも終わるでしょう)』と朝に打ち合わせをしたあと、xxの段階でトラブルがあった。

夜8時過ぎ、『今日のうちに終わりそうにないではありませんか。アラートは早めに上げてくださいよ』と注意される。筋が通っているし、その立場にいたこともあるから言いたいことは良く分かる。

だが、トラブル発生の午前11時から、どの段階でアラート上げるべきと決断すべきだったか、その反省に未だ結論が出なくて課題となっている。
(技術的な、個々のトラブルを『こう進めたら良かったのか』というあと知恵ならば浮かぶし、そんな反省しかしたことがなかったのかもしれない)

ドラムバッファフロー、TOCのプロジェクト管理手法。
きっとxx、yy、zzの仕事に理想的な必要時間を見積もった残りを意識して、トラブル発生からどれだけバッファを食い潰したかで判断すべきだったのかな。

相談すると、相談そのものに一時間からのバッファの食い潰しが発生する、それを感じて避けてしまったのがひとつ。
人は四時間ならば集中できると、今までの自分の倍以上の根性を発見して自惚れるあまり、八時間・十時間・二十四時間は自分の休憩や周囲の状況を考慮に入れないといけないことを忘れていたのがもうひとつ。

そんな気づきが次回につながるか、活かす機会は自分の人生にこの先訪れるのかと、文を書きながら思考を進め、気分が滅入ったところで、職場もよりの駅に着く。

むかしは、たぶん『ぼくはこれだけ頑張ってるのだから許してください』と卑屈に必死さをアピールしているうちに周りが気遣ってくれ、あるいは自分がその卑屈さに嫌気がさして、なんらかの形で仕事が終わっていた。

2012年8月15日

断片 (2012-08-15-2) 『仕事』

お膳立てしてもらった作業をこなす仕事もあるけど、僕らの仕事は先輩や同僚のお膳立てをしたり、カバーしたり、ヤヤコシイ・面倒臭いことを代理の手+頭となって行うことでお金をもらっているんだよ。

二十年前の私と同じ年頃で、同じようにこの業界に入ってきた若い子に言いたくて仕方がない。

煩いだろうから機会をうかがってる。
お膳立てをしてもらった仕事だけで当時は付加価値があって、ついウカウカと馬齢を重ねてきた私に言う資格はないような気がして気が引ける。

きっとあの頃の私に言いたいのだろうな
そして、あの頃の私はわからないだろうな

断片 (2012-08-15)

勝ったり、成功したりしても人に嫌われることはない、と思える人だけが勝つこと・成功することができるのだな。

嫌われるのではないかと思えば勝つこともできないし、好かれる相手もより少なくなる。やっとわかった

2012年7月27日

ふたつの派閥があるときに

ツイッタで昨晩に読んだ以下の発言が新鮮で、しばらく考えた。 漫画家だったか、原作者だったか。きちんと物事考えてる印象のかたがこんなこというのかと。

原発を麻薬に例えると結構全部説明できちゃいそうで怖い。ジャンキーって、いかにそれが必要か、どんな理屈でも立てるし。#原発

-- 竹熊健太郎(京都) (@kentaro666)  2012年7月26日21時14分

私の印象は逆で、「原発は悪いものだから今すぐに廃絶に向かうべき」と主張する意見は感情的で理窟がたっていない。反論するために引用された意見ばかりみてるせいかもしれないが。 ふたつの意見があって、どちらの立場から相手に反論することも同様にできるとき、私は発言者の姿勢をみて物事を判断してるのか。 朝起きて思い返したとき、そう結論した。 「お前の言うことには聞く耳もたん」と言う人の多い派閥より「お前の言うこともわかる、その上で現実的な方針を決めるために合意を取ろう」と言う人の多い派閥のほうに、より説得力を感じる。 私の場合は、たまたま反原発さんのほうに前者を、より多くみている。たまたまかも、だけどね。

2012年7月19日

Androidの「Firefox Beta」を使ってみた

自宅の有線電話環境が一時解約になってしまった。
生活を切り詰めるって初体験のことは、生活のことはネットに書かないという三年前の誓いがあるので必要以上に脱線する気はないが、あと一段落だけ続ける。

会社勤めを久々にはじめて、今どき珍しいブラウザやエディタを自己責任でインストールできる職場で、(仕事中に環境構築を遊ぶ気はなくなったのだが、)IE は仕事用に旧いヴァージョンを使わないといけなくて、やむをえず firefox を入れた。
昨18日のヴァージョンアップに伴ってアンドロイド用のそれの告知がみえて、今朝インストールした次第。

Firefox Beta for Android

マーケット(Google Play)の評判は悪い。それは予想していた。
アンドロイド端末・携帯はパソコンと違う。だが従来の携帯からはじめて移行したパソコンユーザは、まずパソコンで使い馴れたアプリをいれて、使い勝手の違いがパソコン・アンドロイドの差異かアプリの移植による影響か区別できないでレビューをアップするものだ。
私も昨年の初頭にはじめてアンドロイドを使ったときに、パソコンと類似の環境を作ろうとして同じ轍を踏んだ。

あのときも、まずパソコン風味なインタフェイスで、動きがカクカクした Dolphin Browser でしばらく頑張ったな。

当時のドルフィンでは「共有する」メニューに表示されるアプリが、ネイティブのブラウザに較べて少なすぎて、これは目に馴染むがAndroidには不便だと諦めたのだった。

だから ff の評価も、まずはそこから。宜しい。ネイティブのブラウザからブックマークを移植する機能こそないが、共有メニューは同じアプリがすべて表示されている。
アンドロイドで使うブラウザとして、まずは合格。

描画が綺麗だ。

ネイティブのブラウザで馴れた、タップでの拡大、縮小が効かなくてはじめ戸惑う。
ピンチ、だっけ。二本指でおし広げる操作で拡大するって機能はあるし、画面を動かすと html の表示領域より少しだけ剰りが四方にできるので、移動して見やすく拡大できる。充分代用になり、みやすい。

ネイティブのブラウザでは閲覧や操作が難しいふたつのサイトが私にはある。
ブロガーのダッシュボードと、グーグルのアナリスティクス(自サイトのアクセス分析)。
どちらもパソコン用の javascript が親切にすぎて、ネイティブブラウザの「読みたいと思われるところを優先して拡大・表示する機能」と相性が悪い。

どちらのサイトも、拡大や縮小を自分の手で操作する、このffだとストレス少なく使うことができた。悪くない。
グーグルリーダーも、携帯用の表示になって使いやすい。

どれもグーグルの運営であり、アンドロイドもまたグーグルの主導して開発する OS だから、おかしな話ではあるけどね。

細かい話だが、[その他] メニューに終了があるのも良い。現時点でネイティブブラウザを終了させるには、[ホームを表示] の操作でバックグラウンドに落として、ホームの [使っていないアプリを終了させる] 機能を使うと二段階必要だから。

ネイティブブラウザの、本文と思われるところを自動で拡大してくれる機能は通常のサイトを見るにはとても便利だ。
ふだん遣いのブラウザとしては、ネイティブブラウザを使い続けるだろう。置き換えて使うって展開にはならないと思われる。
だがそれで良い。どうせネイティブブラウザをアンインストールすることはできないのだから、代替にならなくても支障はない。

そして第二のブラウザとして、互いに補うという使い方をするには大変満足のいくものであったということが書きたくて、久々に記事を書いた次第だ。

これでしばらくはパソコン環境がネットに繋がらなくとも不自由しない、かもしれない。
(まったく不自由しないわけではない、が多少の不便がないとパソコンの通信環境を復旧させる意欲がなくなるから、これくらいで良い)

以上、au/Sharp の IS03、Android2.2 環境で、投稿アプリのBloggerより。

2012年6月23日

霞はやめた(戯詩)

人は
食わないと生きていけない

人は
寝ないと生きていけない

生きていくつもりになってしまうと
人は
人であるだけで忙しい

2012年6月15日

卑屈?

醜い言い訳と批難されるのが怖くて釈明ができない。交渉すら口ごもる。

黙りこんで事態が益々悪くなる

今年の一月、それまで親しくしていたひとからマイミクを切られたときのメモが、未だに携帯のデスクトップに残っている。

謝ろうとして言葉を重ねるほど意固地になった相手がいたから、俺はもう明確に批難されたこと以外は謝んねぇよ

これを卑屈というのかと、仮眠の前になにか読んでいて気づいた気がした。だが改善を試みれば、より悪くしないかという恐れが拭えない。

2012年6月6日

思いつき (パラレルなメッセージ)

<p> ダブルバインドなメッセージを受けて育ったひとには、相矛盾しないパラレルなメッセージがひとつのメッセージに並ぶことは抵抗がなく、送信も受信・返信も平気でしてしまうが、通常の幸せなひとには難しい、という仮説を思いついた。</p>
<p>ま、あくまで思いつきの仮説だ。いくら相矛盾しない、独立した別々の内容でも。同じひとかたまりのメッセージの中に入れるのはよそうと自戒するための</p>

2012年4月29日

呟き

僕にとっての真実を人に語っても、別の当事者には偽りかもしれない
別の当事者が語る真実は、僕には噴飯ものかもしれない。

だが私は、そういうこともあると知っている
だが善良なる子供は、そういうことがあり得るという認識がない
そんな認識を私が抱きうると想像だにしない

だから善良で、トンマで、愛すべき子供は、
二人きりで会話するには良いが、
第三者として介在させたら果てしなく厄介者だ。

世界の認識に if 文のない子供よ
無垢のまま幸せに死ぬが良い
そして私とは関わってくれるな

白髪混じりの、丸々と幸せに肥えた無垢な子供!

2012年4月8日

SEO って「愛」なんだろうな

承前

ある日、同席したひとに お仕事柄、SEO についてアドバイス願えませんか と軽く言われたことがあった。

その方のご要望は、同じ製品について何人もが協賛記事をブログに挙げているなかで、自分の記事を導線として購買してくれる新規のお客さんを増やしたいって内容で 私ではお役に立てません と答えるしかなかったのだが。

それからずっと頭に引っかかっていた質問だ。

独自性

ニッチな記事を書く。ほかのひとが書きそうな記事は書かない。これは不特定多数の読者を意識しているならば、誰もが自覚していること・自覚しているべきことだと思う。

むろん、自分の友人に対して近況を書き綴るひとは意識する必要がない。下手に目立つと好きなことがかけなくなるから、意識して避けたほうが良い。

検索しやすさ

コンピュータの設定を書くならば、キーワードを意識して入れる。エラーメッセージはありのまにコピーペーストする。

自分が検索するとき、なにを検索窓に入れるか考えたら自明だろう。

検索される語の独自性 (笑)

このブログから 文体診断ロゴーン を辿っていかれる人は存外に多い。なぜか。実は私が自分の文章についてやってみた記事を書いたとき、うっかりと 文体分析されてみた て題名にしたからだ。本文で使っている言葉も 文体分析 。だもので、類似の曖昧な記憶検索をしたひとはほとんど私の記事を辿っていった時期があったらしい。

いっときよりは大分下ったが、それでも 文体分析 で検索するとそこそこ上位に、上の記事がひっかかるだろう。

私のところを経て、最終的にロゴーン に着いた人が多かったから、最後には 文体分析 できちんと ロゴーン がより、上位にくるようになったのではないかな。

リンクはまめに貼る

しょうじき、近頃はあまり貼らない。

私は個人的なこともごちゃ混ぜに書いていて、あまり目立ちすぎるのも鬱陶しいから、貼るのを咲けるようにしている。上の段落では、話題が話題だからわざとロゴーン関係についてよくリンクを貼った例を作ってみた。

むろん、SEO を考えてリンクを貼りまくっていたわけではない。親切心があれば当然だろ ? それは (極端にいえば) 読者への愛だ。

SEO を考えるというと、自分のサイト内であちこちリンク飛ばせって書いてあるものが多い。自分のサイトにリンク貼ってもらえって書いてあることも多い。だが、逆なんだよな。きっと。

検索サイトからみれば、このサイトから、検索結果に戻らないでリンクを辿る旅にでかけた というのは重要な情報。つまり検索サイトからみれば、そのサイトには重要な情報が詰まっている てことになる。

どっちが、より長期的に正しい戦略か私はしらないよ。数理モデルを駆使してきちんとシミュレーション、検証しないと誰にも結論は出せないと思う。

でもゲーム理論の定説では 適切にしっぺ返しもするお人好しが、最終的に勝つ ものだし、適用可能なケースじゃないかと直観的に思うんだ。

そもそも私は SEO 考えていない、商売にする気のない素人。素人だから率直に書いているけれど。商売にしているプロが、自分の指南サイトよりも検索に強くなるようなコツを教えると思う ?

私は、疑わしいと思う。

自分のコンテンツへの愛

今朝、いきなりこんな記事を書き始めた理由、気づき。

ブログの統計をみていたら、ある記事へのリンクが目に止まった。自分でも忘れていた、二、三年前の記事だ。

同じ人間だから、同じようなことにまだ興味があるわけで。それは今読んでいる本、もしかしたら感想を書こうかと思っていた本を読むきっかけになった思いだった。

検索からこの記事を読むひとがいまでもいるんだな と思えば では、今の考え、この本を読んで進展した考えもきっと読みたいだろう とお節介にも考える。

考えたら、きっと時間があれば、いま読んでいる本への感想もこちらにあげるし、すでに検索ヒット率がある前の記事も追記して、新しい記事へのリンクを貼るだろう。

それは自分の書いた過去の文章への愛であり、読者へのお節介という身勝手な愛なのではないかな、と思った次第。