2011年5月20日

洋書と電子出版

さきほど twitter の呟き経由でこの記事を知った
アマゾン Kindle電子本の販売数、紙本の全種合計を上回る

紙の本100冊に対し、電子書籍105冊の割合、か。

たしかに私も、洋書探すときにはまずは電子データから探すし、kindle アプリももちろん使うな、と感じる。

きのう届いたと書いたペイパーバックも、まだ電子データで手に入るものではなかったから紙で仕入れたのだよな。

アルファベットだけのコンテンツは、紙だと情報あたりの持ち歩きが嵩張る、というのが一番の理由と思う。

わたしが英語、仏語にきちんと馴染めるようになったのは、仕事で技術文書をモニタで読むようになってからだから、より馴染みがあるせいかとも思う。

紙の書籍の見開き二ページの量は、外国語だと圧倒されるせいかもしれない。(「困難は分割せよ」)

日本語の本は、Androidの画面よりもまえの携帯の狭い画面の方が似合った。

AndroidもKindleも、欧州語を表示するために工夫されたデバイス。いくらガラパゴスと揶揄されようが、従来の携帯は日本語を表示するという用途に洗練されたデバイスだったということかもしれない。

2011年5月19日

12日かけて、イギリスから古本が届いた

日本アマゾン経由で、http://www.fantasticliterature.com/ にお願いした SF が5冊届いた

中身の話はまたのちほど

今回はすべて在庫があって、日本時間でも5日のうちに royal mail 、推定するにイギリスの郵便で発送されたのだが、届いたのが今日の午前の郵便。

長かったなぁ。とてもやきもきした。でも航空便。




2011年4月14日

無題詩 2011-04-14

「博奕は自分の身の丈でやれ」
と年長者は言う

「身の丈で満足できるなら博奕はしねぇよ」
と若者は口を尖らかす

「君の身の丈は、自分が思うより大きい。
受け継ぐものがあるのだから。
財を子孫に遺すのに博奕は必要ないよ」
と年長者の親世代が言う

「博奕をしたつもりはなかったのに」
と未生以前のものは嘆く

「私が先祖から受け継いだものに、
既にして博奕が含まれていて
隠れていた危険が
ときに牙を剥くなんて、
誰も教えてくれなかった」

2011年4月5日

魂にマニュアルは要らない

もちろん、河合・谷川対談「魂にメスはいらない」」をもじった日記題名です 。

三日ほどネットにアクセスできず、時間の制約もあって、ふつうの新聞の記事や、TV のニュースが頼りでした。

中で違和感をおぼえたのは、昨4日 19 時の NHK ニュースと、今朝の朝日新聞にも (きっとほかでも多数に) 取り上げられている、子供の心の疵の話。

『子供が夜おびえるようになった』などの声が家族から寄せられています

それぞれの家族に訊けば、当然にそう答えるでしょう。 だが、それって自然なことではないの ?

震災の心の疵を癒す?   人の生きるうえで「癒すよりほかに手段のない出来事」と「乗り越えるべき、乗り越えられる出来事」があって当然。そして「家族 (保護者) の許にいま居ることができている子供たち」にとっては後者に過ぎません。……と、私は思う

阪神淡路大震災のとき、 PTSD が深刻な問題になったのは、むしろ独り立ちしたあとの成人(や、老人も)。

受容れるに大きな出来事を、夜の夢にフラッシュバックすることで消化していくのは、誰でもごく当然。まだ、それを疵痕というには早すぎる。

そして NHK のニュースも朝日の記事も「親はこれこれしてあげましょう (してあげるべきです) 、あれはしてはいけません」

魂にマニュアルはないんだよ

子供が生まれてからずっと一緒にいた親の観察と気持ちのまま。それが一番。

自分の気持ちをマニュアルに縛ったほうが失敗するというのは、戦後すぐのスポック博士の育児ブームなどで山ほど前例があるのに。

2011年3月29日

正直は必ずしも常に美徳ではなくて

正直は必ずしも常に美徳ではなくて
むしろ「正直に話すからすべて許してくれ」という言い訳、取り引き、恩赦への見返りに使われることが多い。

厳格に真摯であることを自らに強いることができないならば、
安易に正直であるのも良いだろう。
自分の罪と功績の判断を他者に委ねるのも良いだろう。

本当に「赦す」相手は、
君が嘘をついていようと、何かを隠していようと
その可能性まで呑み込んですべてを赦すから
正直であることなんか求めない。

ただ、真摯であれ。
君が自分に恥じなければ
心あるものは君を恥じない

2011年3月23日

風呂上りの夢想 (東京電力)

私の住んでいる世田谷区が、本当に輪番停電の地域から外れていたことを知った。

夏の電力需要の時にはまた組み込まれるだろうし、その時には実際に停電も起こるだろうが。


こんな運用が続いたら、関東の地価はどうなるのだろう。

周辺が停電だらけで、使えない土地。中央あたりだけがいつも電気が通じたところで、通う人が住む場所がなければ、産業はさびれるだろう。


相模平野 (江戸~東京) の唯一のウリは、だだっ広い平野だということだけなんだよ。

そのほとんどが住むに値しない土地ならば、中央は寂れるさ。


などと考えたのが朝。先ほど、こんな夢想をした。

東京電力がまじめに電気を配る気のない地域の自治体が主導する、第二関東電力の乱立だ。

町田電力、調布電力、栃木電力、千葉電力…… etc.


そうなれば、いまの体制より遥かにマシな日本になる気がする。

西日本に頭を下げて送電を増やしてもらう手続きもできない、独占企業であった過去を活かせない東京電力は、市場の原理に淘汰されて消えたほうが世間のため。


そんな気がした。

参考

映像資料: 地震発生から1週間_福島原発事故の現状と今後(大前研一ライブ579)

2011年3月20日

原発ネタスクラップ

立場ある発言

政治家や官僚など責任ある人は「東電はよく頑張っている」とポジショントークで言わなければならないけど、それを本気で信じたらまた同じ悲劇が起きる!と言い続けるのが、私のそれこそポジションです。

倉山満の砦 3月16日宮内庁のお役所仕事より

倉山なんて人はしらなかったが、この一言をきっちり言えただけで私は七割がた耳を傾ける気になった

現場=英雄。

幹部=人でなし。

全体=やって当たり前のことを必死にやっているとこ。
もし結果的に失敗したら責任のとりようが無い。というか普段大見得切っていた以上、まったく免罪できない。

(中略)

「民主党(政権)だから」「自民党だから」「東電だから」って、何で組織ごと擁護したが る人が多いのかなあ。

上掲記事より

広瀬隆

昨晩、Google News からたどって週刊ダイヤモンドのページにいきついた。

マグニチュードが当初8.4→次に8.8→最後に9.0に修正されてきたことが、疑わしい。原発事故が進んだために、「史上最大の地震」にしなければならない人間たちが数値を引き上げたのだと思う。

破局は避けられるか

はじめのほうにある上掲文章を読んだつぎには、わたしはページを閉じていた。

8.4 はどうかしらないが、M8.8 のときからすでに 日本の観測史上、おそらく文献にある歴史からも最大の地震 であり、あちこちで 想定外の津波 という言説をみていた。

自分のいうことが正しく、それに反するものはすべて陰謀という言葉は、少なくともジャーナリストの肩書きで語ってほしくないものだ、と。

東京に原発を は少年のころ、本気で読んでいただけに残念なことであった。

一夜明けて、上記の文章を最後まで読んだ。あほかと思った。こうなることを私は心配していた。 と結んであるだけ。本当に危機を感じていたならば、最悪の事態が起きたときになにをすべきかという案を用意しているべきものだ。二十数年なにをやってきたのかと。

などと思っていたら、知人の日記コメントで、広瀬氏がテレビで発言した YouTube 映像が紹介されていた。笑い飛ばせれば良いですが、本当だったと思ったときには遅いのです ということばとともに。

しばらくして、ほんとうにたまたま、togetter でこの放映に対するツッコミと思われる tweet 集 を見る。

ほんとうに二十数年、反対するだけで思考停止して、なにひとつ勉強もせず備えてもいなかったのね。

そのほか

私は安全と言うべく立ち上がった人々のリアルタイムな twitter 上の言説を、そう割り切ってよむことにしているしソースも書けるが、それは省略。

書くならば不安な側から警鐘を鳴らす人と両方書くべきだし、そっちを好んで読みたくもないので。ツッコミ疲れる。

2011年3月16日

被災とユーモア、結論の出ぬままにつれづれ

結論が簡単には出ない話だが、賛否両論がそれぞれにまとまっていて良いね

http://agora-web.jp/lite/archives/1279887/comments/

東京にいる人が頑張らざるをえないのは、被災していない子供たちへの娯楽も提供する使命をもつ人々がいるからだと思う。

今日も漫画雑誌は出るだろう(水曜日)
半ば打撃を受けた生活の中で編集し、印刷し、運送した人々によって

しょうじき、月曜日の各誌がコンビニに並んでいてほっと日常というものがあったことを思い出した
阪神淡路のときもそうだったな

私は日頃のテレビのバラエティは嫌いだが、自分の好みに統制されたら人が複数いる意味がなくなることは知っている

2011年3月7日

近頃の FreeBSD box ( 8-stable )

1月24日、デフォルトの perl が ver. up

$ ls /var/db/pkg | grep bsdpan- | sed -e 's/bsdpan-//;s,-[0-9.]*$,,;s/-/::/g;' | uniq > /tmp/now.list
$ sudo pkg_deinstall -f bsdpan-\*
( perl の本体と、数少ない p5-* を update してから )
$ sudo cpanp -i `cat /tmp/now.list`

基本、cpan 系コマンドでたいがいのモジュールを置き換えているから、こんな具合になる。

2月18日に csup したら

/usr/ports/UPDATING をみたら、21日づけで 8.2-RELEASEタグをつけたよとフライング気味に書いてあった。

2月25日夜に ports を csup したら

数が多いので、処理が面倒になって portupgrade -a をかけたら、あちこちに不具合がでて参った。

portupgrade コマンド群のなかに含まれる portversion コマンドは /usr/ports/INDEX-versionNo を参照する。このファイルは、ワンセットな更新が終わってから最後にひとまとめに更新がかかる。こっちを更新の基準情報にしないといけないわけだ。

portupgrade -aでは、それぞれの ports ディレクトリの Makefile を参照してシステムにインストールされたものと比較するらしい。よって、更新がアトミック (= ワンセットな更新をワンセット ) に扱えない。て、ことのようだ。

以降、気をつける。

3月12日。デフォルトの Python が ver.up

$ sudo portupgrade -o lang/python27 lang/python26
$ sudo portupgrade -Of py26-\*

で殆どが済む はずだった

python27 を make するときの dialog で、GNU pthread を使用 を選んだら、ハマる、ハマる。

FreeBSD の精妙に構成された Makefile 群の、評価順序を調べるのがおもしろいとしばらく GNU pthread を使ったまま py26-* を更新できるかチャレンジした。

一応の結論としては、ports の make のときだけ有功になるように、たとえば /usr/local/etc/pkgtools.conf に以下の設定を追加

MAKE_ARGS = { '*/py-*' => [ 'WITH_PTH=true' ] }

/etc/make.conf の中にも 条件分岐が使えて

.if defined(WITH_PTH)
LIB_DEPENDS+=  pth:${PORTSDIR}/devel/pth
_PTH_CPPFLAGS=  "-I${LOCALBASE}/include/pth"
_PTH_LDFLAGS=  "-L${LOCALBASE}/lib/pth"
CONFIGURE_ENV+=  CPPFLAGS="${_PTH_CPPFLAGS} ${CPPFLAGS}"
CONFIGURE_ENV+=  LDFLAGS="${_PTH_LDFLAGS} ${LDFLAGS}"
CFLAGS+= "${_PTH_CPPFLAGS} ${_PTH_LDFLAGS}"
.endif

と追加、とすれば。これが最後に読み込まれて、他のオプションも活かしたうえで有功になるというのが結論。

しかしながら。私の場合だと devel/py-sip なんて、けっこう基本のライブラリで、configure に与えるオプションを決め打ちした行儀の悪い Makefile なのに気づいて断念。

Python はよく知らないが、このファイルは直せるよ。今回だけなら。パッチも出せるよ。

でも、このあと継続して GNU pthread が使えるように py-* をメンテナンスするほどには、python のことをよく知らないもの。

一晩かけて Makefile のお勉強はしたけれど、もしも報告 (send-pr ) するならば lang/python における WITH_PTH は旧い (obsolute) といった内容にするべきかな、と。

……おっと、Mercurial は、hg コマンドの shell bang 行に python26 と書いてあったので 27 に書き換えた。

追記 : 上記の記事を書いた3時間後、こんな処理で洗い出して対処 (portupgrade -fO ) してみた。

$ grep -l python2\.6/site-packages /var/db/pkg/*/+CONTE*

2011年3月4日

30分スクリプト for wassr reader

ちょっとした現実逃避の30分コーディング。

参照はwassr API 仕様書

#!/bin/sh
#  $Id: wassr,v 1.1 2011/03/04 01:27:05 yaemon Exp $
#
for i in 1 2 3 4 5 6 7 8 ; do
 wget   -q --user=UserID --password="PassPhrase"  -O - \
 'http://api.wassr.jp/statuses/friends_timeline.json?page='"$i" | \
 json_xs -f json -t yaml 2> /dev/null
done |  \
egrep -v '~$' | \
egrep -v '^  (id|rid|link|text|user):' | \
grep -v '^    ' | \
egrep -v '^---$' | \
less

#!/bin/sh
#  $Id: wassr,v 1.2 2011/03/04 01:39:12 yaemon Exp $
#
# for i in 1 2 3 4 5 6 7 8 ; do
for i in 1 2 ; do
 wget   -q --user=UserID --password="PassPhrase"  -O - \
 'http://api.wassr.jp/statuses/friends_timeline.json?page='"$i" | \
 json_xs -f json -t yaml 2> /dev/null
done |  \
egrep -v '~$' | \
egrep -v '^  (id|rid|link|text|user):' | \
grep -v '^    ' | \
egrep -v '^---$' | \
perl -MDateTime -e '{while ( my $line =  )
{
if ( $line =~ s/^  epoch: // )
 {
 chomp( $line );
 my $d =  DateTime->from_epoch(epoch => $line); 
 $d->set_time_zone( "Japan") ; 
 print "\n" , $d->hms() , "\n";
}
else
 {
 print $line;
}} }' | \
less

どうせ perl 使うなら、(e)grep 行もすべて perl に任せて、ついでに記事ごとのフォーマットもすべし ?

うん、もちろん。朝の30分の頭の体操としてはここで打ちきるというだけの話。

そして、トイ・スクリプトがテストをしてデータを見ながら、どうやってきちんとしたプログラムになっていくのかという過程を公開してみたい て稚気です。

2011年3月1日

欧州言語と Android OS の2月後半

昨年2月、フランス語が文字化けせずに表示できる小さな機器を持ち歩きたいから、スマートフォンにしたいと希った。

昨年12月、au ショップで クリスマスから販売。予約受付中。おそらく入手は二月半ば という言葉に惹かれて、ふらふらと IS04 を予約。

同じく12月~1月半ば。中古ノートパソコンを、英語、フランス語の古典や辞書の持ち歩きように注文。送料が 3,000円かかる。従兄から余っていた無線LAN (Wi-Fi) カードをもらい、3千円足らずの Wi-Fi ルータを買って設定ができた。

1月末。IS04 到着のお報らせ。しかし、こちらの手続き不備で受け取りが難しい。

2月上旬。mixi アプリで従来の携帯電話専用のゲームにはまっていて、なんとか両立できないかいろいろ考える。

同じく2月上旬。ノートパソコンは重量と、中古故のバッテリのへたりに持ち歩きを断念。

2月15日、ワインバーグ氏 のサイトトップに、彼の著作へのリンクがあって、電子書籍を持ち歩きたいという熱が再燃。一晩、電子書籍の規格や unix パソコンでの扱いについて調べる。

2月16日朝に思う。Wi-Fi で遊べる従来の携帯に予算を落としたら、差額でAlex (Android OS ) かKindle といった、一万円代半ばの、ネットもできる、Skype までできちゃう電子書籍リーダが買えるだろう、と。

2月16日夕方。寝不足あたまで、寄る機会があって au ショップに。勘違いして IS03 の予約、といったものだから 在庫ありますよ と。Wi-Fi の使える従来の携帯は結構お高いから、7~8千円くらいしか違わないとわかり、ふらりと機種変更してしまう。

2月17日、フランス語やスペイン語が表示されることを喜び、Kindle はアンドロイド・アプリとして実装・無料配布もされていることを知る。

2月22日。従来の携帯電話の画面の使い方にはもう戻れないし、そういったコンテンツしか出していないニュースサイトにもはや戻る気にはならないと結論した

同じく2月22日。漫画家さんが語ると聞いて Ustream 中継をみてしまって気づく。私についていえば、タワー PC のほうが業務用の文字環境。マルチメディア環境はあきらかにこちらの携帯、いや PDA だ。

2月26日。夕暮れに歩く正面に見えるのが金星、向きを変えて見えるふたつの星は、夜空ならば簡単に見分けがつくシリウスとピスカだとアプリに教えてもらい、機種変更をして本当に良かったと思った。

2月28日。ヒトの作ったアプリで、アイデアを敷衍して改善したヴァージョンを作りたいものもいくつかある。だがアプリをつくるよりも、まず Android という 環境そのものが一番おもしろそうだと、興味の方向が見えた。

アプリは、ある程度に環境の中身がわかり、かつお仕事で手をつけないといけなくなったらにしよう。私の性向は主なアイデアに沿って改善や実装、リメイクをすることなので、自分が主体でのアプリ開発には向かない。

2011年2月25日

Gmail / mutt / multi-account

承前

一年近く前の記事Gmail / Mutt まとめ への機能追加。

年初には、その約一年前に書いた記事のコードを変更・追記したし。なんだか、PC 関係のネタは一年単位で巡回しているような気がする。

マルチアカウントが可能

imap(s) の一つからログアウトする、というコマンドの記載を、mutt-users ML で読んだ。

そうか。ならば複数の接続を同時に行えるのか。

最終的には、実行中の mutt から source コマンドが使える、つまりアカウントごとの接続設定のほかに、フォルダに対する設定も、書名ファイルやヘッダ情報もそれぞれ分離できることが判明。

$ cat ~/.muttrc
# $Id: .muttrc,v 1.10 2011/02/25 13:34:30 yaemon Exp $
source ~/dotfiles/.muttrc-common source ~/dotfiles/.muttrc-gmail
source /home/yaemon/dotfiles/.muttrc-account-1

macro generic gUaccount-1 ":source ~/dotfiles/.muttrc-account-1" macro generic gUaccount-2 ":source ~/dotfiles/.muttrc-account-2" macro generic gUaccount-3 ":source ~/dotfiles/.muttrc-account-3" macro generic gUaccount-4 ":source ~/dotfiles/.muttrc-account-4"

$ echo ".muttrc-common は、前回と同じなので省略" $ cat ~/dotfiles/.muttrc-gmail mailboxes imaps://imap.gmail.com/inbox set smtp_authenticators="plain" set ssl_starttls set move=no set delete=yes set folder='imaps://imap.gmail.com/'
set spoolfile='+INBOX' set postponed='+[Gmail]/下書き' set record='+[Gmail]/送信済みメール' folder-hook . 'push "<limit> ~d <1y<enter>"' macro index gi "<change-folder> =INBOX<enter>" "Go to inbox" macro index ga "<change-folder> =[Gmail]/すべてのメール<enter>" "Go to all mail" macro index gs "<change-folder> =[Gmail]/送信済みメール<enter>" "Go to Sent Mail" macro index gd "<change-folder> =[Gmail]/下書き<enter>" "Go to drafts" macro index gS "<change-folder> =[Gmail]/迷惑メール<enter>" "Go to Spam"

folder-hook =INBOX 'push "<limit> ~d <2d ~N<enter>"' folder-hook =[Gmail]/すべてのメール 'push "<limit> ~d <2d ~N<enter>"'

$ cat ~/dotfiles/.muttrc-account-1 # $Id: .muttrc-account-1,v 1.1 2011/02/25 13:34:31 yaemon Exp $
my_hdr X-MSN-Passport: .... my_hdr X-Mixi-SearchWord: ... my_hdr X-Twitter-ID: ... my_hdr X-YahooJP-ID: ... my_hdr From: NAKAGAWA Tsuneo <yaemon.the.tank@gmail.com>
set hostname="gmail.com" set imap_user="yaemon.the.tank@gmail.com" set imap_pass="ひ・み・つ"

set sendmail= set smtp_url="smtp://yaemon.the.tank@smtp.gmail.com:587/" set signature="~/.signature"

2011年2月3日

斬新ないたずら電話

本日 13:07 分、次のような電話がかかってきた。着信履歴は 03-4500-1077

セールスの悪戯電話が多いので名前は名乗らない。呼びかけに はい と応えると 中川さんのお宅でよろしいでしょうか と向こうから呼びかけられた。肯定すると 私、SDI マネージメント の吉田と申しますが。クッ、クックックック と含み笑いをして電話が切れる。

どこかで職場がいっしょだったことのある知人だろうか。これだけ親しみを覚えてくれているならば応えないわけにはいかないだろう、とコールバック。

別の人間が出て 吉田の知り合いということでしょうか という遣り取りのあとで取り次いでくれた。

(私)さきほどお電話をいただいて、含み笑いだけを残して切られた中川と申しますが。すみません。思い出せないのですが。私の知り合いでしょうか。

(ヨ)そちらの電話の…… (取り繕うように言い直し) 中山さんにかけたつもりでした。

(私)さきほど、私が名乗らないのに中川さんのお宅ですかと仰いましたよね。失礼ですが、吉田なにさんですか ?

(ヨ)よしだひでひこです。

(私)この電話番号、どちらからお知りになりました ?

(私)いや、それは個人情報なので

(私)あのね。個人情報というのは、本人に属する情報なんですよ。私が、私の情報をどこから漏らしたのか訊くことのどこが個人情報の守秘に反するというんだ。このアホ。

(ヨ)アホって、失言を申されてもこちら困っちゃいますね。

(中略)

(私)わかりました。さきほどのお電話の、含み笑いで切れたのと、私のアホ発言との非礼どうしでチャラにしません ? で。改めてどこからこの電話番号、私の個人情報をお知りになりました ?

(ヨ)寿司とぉ、スパゲティとぉ。どちらが好きよ。

(私)はぁ。アンケートですか。

(ヨ)寿司とぉ、スパゲティとぉ。ピザと、どれが欲しい。どれも要らなければ電話を切りな。

(中)いえ、どれも要りませんね。

(電話切れる)

斬新なアンケートかと思えば、斬新な宅配食品の注文代行サービスだそうだ。いや。お前の住所まで知っているのだから、おとなしく引き下がれアホ という意味なのだろう。

ちなみに、SDI マネージメントを検索すると結果はない。SDI コンサルティングさんの代表電話に訊いてみたが。この 03-4500-1700 という番号は受付嬢の知らないものだし、よしだという社員もいないと言われる。

2011年1月22日

戯訳 : 私の孤独 (ジョルジュ・ムスタキ)

ジョルジュ・ムスタキというこの歌手、さだまさしのようなシンガーソングライターとおっしゃった年配の女性もいました。その中でももっとも有名な曲です。

日本では岩谷時子さんの 長い間一人で、一人きりでいたから と始まる訳詞が有名。私も子供の頃にこの訳で馴染んで、ムスタキの歌を聴きながら、ほとんどこの日本語で受け取っていました。いまざっくりと探したら、youtube に上がっている ほのかさんのライブ映像 なんか、典型的な日本での唄われかたですね。

いや、私もこんな感じでカラオケ唄ったことがありますとも。はい。

一昨年くらいから、ちょっと岩谷訳では綺麗すぎる、前向きすぎる。もっと泥臭く訳せないかなと思いはじめて。ちょこちょこと断片をメモっていました。

なんとなく、今日二番・三番の部分を一気に訳して完成。

いや、たぶん旋律に乗らないと思います。詩として訳したかったので。

ひとりの孤独に耐えながら
あまりにたびたび眠りすぎ

いつしか甘い習慣に
あたかもひとりの恋人に

一歩たりとも離れずに
影よりぴったり尾いてくる

どこへ行っても離れずに
世界の果てまで尾いてくる

一人ぼっちと言わないで
孤独に耐えているだけさ


ベッドに僕がやすむとき
隣はあいつの指定席

二人で夜を過ごすのさ
互いの顔を見つめあい

ホントに僕にはわからない
何をしたなら逃げられる ?

好みを変えたら良いのかな
諦めるよりないのかな

一人ぼっちと言わないで
孤独に耐えているだけさ


何度もあいつに泣かせられ
いくつものことを教えられ

何度もしらないふりをして
それでもあいつは離れない

愛を選べば選ぶほど
その相棒としてついてくる

孤独は僕のお友達
最期の日すら診とるだろう

一人ぼっちと言わないで
孤独に耐えているだけさ

一人ぼっちと言わないで
孤独に耐えているだけさ

fr.lyrics-copy.com よりいただきました

Pour avoir si souvent dormi
Avec ma solitude

Je m'en suis fait presqu'une amie
Une douce habitude

Ell' ne me quitte pas d'un pas
Fidèle comme une ombre

Elle m'a suivi ça et là
Aux quatre coins du monde

Non, je ne suis jamais seul
Avec ma solitude


Quand elle est au creux de mon lit
Elle prend toute la place

Et nous passons de longues nuits
Tous les deux face à face

Je ne sais vraiment pas jusqu'où
Ira cette complice

Faudra-t-il que j'y prenne goût
Ou que je réagisse?

Non, je ne suis jamais seul
Avec ma solitude


Par elle, j'ai autant appris
Que j'ai versé de larmes

Si parfois je la répudie
Jamais elle ne désarme

Et si je préfère l'amour
D'une autre courtisane

Elle sera à mon dernier jour
Ma dernière compagne

Non, je ne suis jamais seul
Avec ma solitude

Non, je ne suis jamais seul
Avec ma solitude

2011年1月16日

雪国より

昨日から北海道にいる。昨日まで札幌。今日からしばらく、もっと雪深いとある街に滞在。

ある時期まで私の父は、家族を連れて冬の雪国に旅行・滞在するのが好きだった。その意味が不惑を過ぎた今ごろ、やっと分かった気がする。

もちろん 意味 なんて来てみないと分からないもので、分からないということだけを最近になって気づいたから訪れたりするのだろう。

本を読んで わかった と思えることは大事だが、もっと深いところにあるなにか。


生きている人、生活している人。生活していた人の言葉を受け止めることには、本を読むことよりも深い責任が伴うのではないかな。そう思える。

日常から出る言葉を受け止め わかった と言ったあと。分かったつもりにしかなれないけれど、受け止めたと言ったあと。積み重ねのあとには、人はその街に行かないといけない。もしも、可能ならば。

相手が異性だと色恋沙汰に見られることもあるが、もっと手前の、人間関係の基本のように思う。私にはね。

ハタから見れば酔狂にしか見えないだろう。自分でも酔狂と韜晦することは多い。だが、わかる人もいるんじゃないかな。


体験をすることで分かるもの。今日の札幌からの行軍でも、それは言葉にして即座に話すことはできない。いや、もったいない。心で受け止めて、自分の体験として味わうことで、より深くなる。出力しているあいだに新たな体験を受け止めそこなう危険も大きい。だから、しばらく沈黙。


そういえば最近、人と語ったと伝えたら、人に話したのかと気色ばまれたらしい。すでに本人にはアクセスがとれず、噂に聞いた。

自分というフィルタを経てから、相手に応じた内容を語ることは、話すのと違う。それを感じ取ってくれたかに、私のことを 用心深い と評してくれた相手と思っているから。思い出すと他の感情を措いて、相手への心配がもっとも先立つ出来事。

2011年1月12日

[独語] 聖者の行進

ふと陽気なジャズが聴きたくなって、検索していてみつけたのがこんな動画。

iphone 欲しくなったり…… しかけた。小中学生のころなら、確実に欲しくなっている。

いや、もうこの年齢になれば。道具をいくら揃えたって、本人に楽器を演奏する能力とセンスがないと良いものはできないって身に染みているから。抑えますけど。ね。

2011年1月9日

走り書き 1月8日

うたた寝をして、起きた。

何が起きたと聞いても、否定しない。(君が言うことなら信じる) そんな姿勢を相手に伝えることの難しさがふと思われた。

こんなことが起きたと聞いても、私は信じた。(君も信じてほしい)伝えかたを一歩間違うと、相手にはそう聞こえるというアヤウさ、脆さが痛感された。

今日、とくになにかが起きたというわけでもなく。言葉にして捕まえそびれた夢が契機だったのかもしれない。

2011年1月4日

たった150人

選ばない人は選ばれることもないし、拒否されることもない —拒否されても心に認識できない— 。

一年と少し前。そんな言葉を吐いた。


この人の友達ならば一度くらい話をしてみたい たいがいの人にはそんな相手がいる。もちろん、まだ選んだことのない人にとっては、そんな相手はいない。すべての人は相等しく、友人。もしくは相等しく他人だろう。

石川幹人氏によると、人類の進化の中で得た 身内 と思える感覚、その人の友達まで信用できる と認識できる相手は、150人が限界だそうだ。

もちろん大まかな数字。100人が限界という人は容易に想像がつく。ならば200人が限界という人もいておかしくないだろう、私には想像がつかないが。

身内に認定しうる量から限界を越えた数の人はどうなるのか。石川氏によると、だが。それは身内でなくヨソの人。ヨソから時々くる、友好的な他人という位置づけに後退するらしい。


たった150人。

あなたはだれの150人に入っているだろうか。

あなたは誰を自覚して選んでいるだろうか。

2011年1月2日

夢・四題

現実ライター

あれは昨年一月に東北を旅する直前。みた夢を思い思いに記載する雑談の場にこんな文を書いた。

他愛なく楽しい夢だったが、銀色の掌に収まるほどの小さな箱が出てきて「こっちの中に入っているのが現実 (いま居るのは夜の夢)」 と説明されたのが興味深かった

小さな箱は、私のパイプ用のライターに思えた。

現実がライターの大きさになり、それを手のひらに載せた私を含んだ夢の世界は縮まり、現実の私の頭蓋に過不足なく収まったところで目が醒めた。本当に詳しく書くと、そんな夢。


その題材になったライター、昨六月から多忙で散らかるままの部屋に行方不明になっていた。年末の掃除で発見。

行方不明になっても探す気が起きなかったのは、火の点きがわるくなっていたから。その原因である着火部を覆い始めていた緑の錆が、より侵食していた。針金で丹念に錆を取り除き、詰まっていた火打石のかけらを取り除き入れ替える。

使えた。

もう、なくさずに使いつづけようと思った。

夢に託して同一視してしまった以上、もうこれは≪お護り≫。私にとっての現実 (に処する心構え) そのものなのだろう。

夢は操作するもの

ユング派は、といって良いのかどうか知らない。河合隼雄氏の遺した著書を読んでいると、夢は分析するものではないと感じる。

夢は操作するもの。引っかかった夢を考えて、考え抜いて。あのときこうしたら良かったのではないかと結論が出ると、得心したときにはそれが叶う。もちろん夢の中で。

夢で虎に襲われて目覚めたのなら、食われて死ねば良かったのにといったノウハウはいくつか学んだ。だが実際、夢でも本当に死ぬことは難しい。

夢を操作できて現実で何が変わるのか。わからない。少なくとも、悔いは減る。

布石は重なって

元旦、夜。

知人の日記に夢の話を読んだ。

半年前に読み、味わい、無理に分析をせずに心に留めておいた夢の続きを見たのだな、と感想を書いた。

また、それとは別に。まとわりつくような の気配、つい秋頃まで馴染みのある が再び重くのしかかり、どうしたことかと思っていたら。

初対面の人と話す機会があり、私と の関わりと同時進行していた、そっくりの話を聞いた。鏡像のように似ていていると思いながら相槌を打っていた。

去年一年の、心のなかにある様々な欠片が。きちんと場所を得て落ち着いていたものも、収まりわるく引っかかっていたものも。つながりをもって動き出している。そんな気がした。

起きて見る初夢

そんなわけで元旦を徹夜して、昼間に睡眠に引きずり込まれる。

よく眠った。 はひとつも見なかった。

起きてから、ふいと秋から今までの出来事、不分明な、わけがわからないと目を背けていたあれこれに、一本の理屈がすいと通った。

視た夢に片端から解釈をつけていると、ついにショートカットして解釈のほうが、覚醒から起床までの半時間で降りてくる、なんて。きっと正月二日、初夢の奇跡。

夜の夢は終わらない。現実さえも、頭蓋に対するライターほどの大きさで夢に含まれるものなのだから。

蛇足

もちろん、学術のことば。世間一般、日常のことばでいえば。夜の夢とは内的現実。

初夢の奇跡ではなく、初夢という信仰・習慣に慣れ親しんだが故に私の心が起こした稀有な現象。

2010年12月20日

宣言

先月から今月にかけて、共通の友人をも巻き込むような形で複数のトラブルが表沙汰になり、それぞれにきちっと受け止め、苦しんだけれど。

父親っぽい愛というのは、相手が自分から離れ、精神的に自分を殺したことを喜べる愛。そんな愛し方を実現することができたらというのが、今年はじめの冬からの想いだったので。ある意味納得。

そして、精神的には苦しみ、一度は殺された様子も見せるけれど。現実の私はこうしてピンピンしていると、もしもいつか相手がこちらを振り向くことがあったら、元気に手を振ってみせるのも必要だよね、とそんな居直りにも似たことを考えている。